23.06.21 update

大竹しのぶ21年ぶりの一人芝居を気鋭の演出家・藤田俊太郎が手がける シス・カンパニー公演『ヴィクトリア』

 大竹しのぶのファンは幸せだと思う。昨年10月に日本演劇史に名を刻む森本薫の名作『女の一生』に主演し、本年は、ショウビジネス界で全力で夢を掴みとろうとするステージママをパワフルに演じたミュージカル『GYPSY』が終演したばかりだが、6月24日には21年ぶりの一人芝居『ヴィクトリア』が開幕する。その間にも、連続ドラマ「PICU 小児集中治療室」で視聴者の涙を誘い、やはりテレビドラマの「犬神家の一族」では、大竹しのぶならではのいままでにない犬神松子役を演じ視聴者を震え上がらせ、さらに、パーソナリティを務めるラジオ「大竹しのぶのスピーカーズコーナー」では、素顔の部分を見せてくれている。という具合に、ファンはさまざまに色彩を変える大竹しのぶを存分に味わえるのだ。この先にも、9月には、演劇ファン待望の有吉佐和子の戯曲『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、2024年3月には2016年以来8年ぶりとなる宮本亞門演出の『スウィニー・トッド』も控えている。

 大竹しのぶは演劇ファンに夢を見させてくれる俳優である。これまでの舞台出演作品を思い浮かべるだけでも『奇跡の人』『にんじん』『ガラスの仮面』『人形の家』『マクベス』『欲望という名の電車』『桜姫』『真夏の夜の夢』『太鼓たたいて笛ふいて』『かもめ』『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない?』『メディア』『三婆』『ピアフ』……と、演劇史に刻まれる芝居の全作品に出演するのではないかと思える勢いで挑み続け、シェイクスピア、イプセン、チェーホフ、テネシー・ウィリアムズ、鶴屋南北、井上ひさし、有吉佐和子をはじめとする国内外の作家たちの名作の世界の住人となり、蜷川幸雄、栗山民也、宮本亞門、野田秀樹、坂東玉三郎、松尾スズキ、串田和美、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、三谷幸喜、小川絵梨子、フィリップ・ブリーンなど、才能豊かな演劇人たちとタッグを組み、刺激的な演劇シーンを見せ続けてくれている。

 さて、今回の『ヴィクトリア』だが、2002年上演の野田秀樹作・演出による『売り言葉』で、『智恵子抄』で知られる高村智恵子を演じて以来21年ぶりとなる一人芝居で、そのときの会場も、東京では今回と同じくスパイラルホールだったことを思い出す。『ヴィクトリア』は、映画『野いちご』『処女の泉』『仮面/ペルソナ』『叫びとささやき』『秋のソナタ』『ファニーとアレクサンデル』などの名作を残した20世紀を代表するスウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンが書いた脚本で、一人の中年女性の独白だけから成っている。原題は“A Spiritual Matter(魂の問題)”である。

 当初、長編映画のために書かれた本作を、ベルイマンは女性のクローズアップのワンショットのみでの映像化を求めていたという。クローズアップのワンショットでヒロインに肉薄しようとしたとき、ヒロインの口からとめどなく言葉があふれ出すのだ。孤独と折り合うことのできなかった女性の魂の独白に導かれ、観客はヒロイン・ヴィクトリアの人生の航海を共にすることになる。ヴィクトリアを演じる大竹しのぶの目まぐるしく変化する表情、声の色、そして視線の向かう先までにも観客はしばりつけられるのだろう。さて、われわれ観客は、どこに連れていかれるのだろうか。

 イングマール・ベルイマンと大竹しのぶと言えば、ベルイマンの映画『夏の夜は三度微笑む』に着想を得た2018年に上演されたミュージカル『リトル・ナイト・ミュージック』を思い出す。大竹は主役の女優デジレを演じていたが、今回の一人芝居を受けるにあたり、まず、ベルイマンの戯曲の面白さに魅力を感じたという。過去と現在、幻想と現実が交錯するヴィクトリアの人生を一人で演じるのである。膨大なセリフ量であり、想像を絶する荒業に思える。だが、大竹しのぶという俳優は、挑むというより、大変だからこそを楽しんでいるように見受けられるのだ。いい芝居を創り上げ、もがくことに彼女は幸せを感じるのではないだろうか。

 ヴィクトリアは悲しい人、と大竹は言う。愛を求めながらも、愛されることに自信が持てず、やっかいなプライドによって「ここは現実の世界じゃないんだ」と精神が崩壊していく。大竹は、精神が崩壊するというのも芝居であればこそ、と面白がっているに違いない。

 今回、演出を担当するのは、現在の演劇界で注目を集めている藤田俊太郎。2005年から15年まで蜷川幸雄作品に演出助手として携わり、『The Beautiful Game』の演出で読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞、『ジャージー・ボーイズ』の演出により読売演劇大賞最優秀作品賞、優秀演出家賞、『天保十二年のシェイクスピア』『VIOLET』『NINE』の演出で読売演劇大賞最優秀演出家賞、優秀作品賞など、すでに演劇界から大きな評価を得ている。この先も年内だけでも、9月にミュージカル『ラグタイム』、12月にミュージカル『東京ローズ』の演出が予定されている。大竹しのぶとは蜷川幸雄の演出助手時代からのつきあいで、顔合わせとしては2020年の朗読劇『LOVE LETTERS』以来2度目となる。

©KEI OGATA

 藤田はベルイマン監督の、特に女性を描いた作品には畏敬の念に近い憧れを持ち続けているという。72年以降の作品を改めて鑑賞し、『ヴィクトリア』にはベルイマン監督が追い求めたモチーフ、テーマ、精神が散りばめられていることがわかったと。さらに、「自己の精神と戦い、打ち勝とうとしている女性の姿が、今現在の世界の姿、在り方とシンクロしているのではないかと強く感じています」とも。そして「魅惑的な戯曲に、臆することなく、挑戦したいと思っています」との言葉からは、日本初演を担う喜びと、力強い意欲が伝わってきた。

 稀代の俳優・大竹しのぶと、今演劇界で最も熱い視線を浴びている演出家の一人・藤田俊太郎が、どんな〝素敵な〟稽古を重ね、「演劇って、こんなに面白いものなのだ」と観客を酔わせてくれるのかと、開演が待たれる。

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