「あなたの心に」がリリースされた69年の歌謡界は、由紀さおり「夜明けのスキャット」、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」、森山良子「禁じられた恋」、青江三奈「池袋の夜」、佐良直美「いいじゃないの幸せならば」、カルメン・マキ「時には母のない子のように」、奥村チヨ「恋の奴隷」、弘田三枝子「人形の家」、小川知子「初恋のひと」、黛ジュン「雲にのりたい」など、女性歌手の活躍が印象的だった。そのなかで、異彩を放ったのが、浅丘ルリ子の「愛の化石」と、中山千夏の「あなたの心に」だった。女優として活躍している2人だが、当時の各テレビ局のベストテン番組では、常にベストテン入りしていた。
「あなたの心に」は、中山千夏が作詞も手がけ、作曲は都倉俊一。都倉にとって作曲家として注目されることになった曲である。リリースされると瞬く間にオリコンチャートのトップ10にランクインし、累計売上は40万枚以上を記録している。都倉はその後、ピンク・レディーの一連のヒット曲、山口百恵の「青い果実」や「ひと夏の経験」、山本リンダの「どうにもとまらない」や「狙いうち」、フィンガー5の「個人授業」、ペドロ&カプリシャスの「ジョニィへの伝言」や「五番街のマリーへ」、狩人の「あずさ2号」など、多くのヒット曲を生み出すヒット・メーカーになる。
中山千夏の歌唱は、のびやかで、おおらかで、聴いていて気持がよかった。2022年公開の小林聡美主演の映画『ツユクサ』では、主題歌として流れていたので、映画を観た年配の人々にとっては懐かしかったのではないだろうか。同じコンビによる中山千夏の2枚目のシングル「とまらない汽車」も、今改めて聴いてみたい。女優としての活躍、テレビのワイドショーなどでの司会、作家としてもノンフィクション、エッセイから小説、絵本なども手がけ、その多才にして多彩な活動から、当時では珍しい〝マルチタレント〟と呼ばれていた。さらに多くのメディアも〝才女〟として紹介していた。その上、歌までヒットさせることになったのだから、才女と呼ばれることに異議を唱える人はいないだろう。
昨年12月30日に亡くなった〝伝説の〟雑誌と呼ばれる「話の特集」の破天荒な編集長として知られる矢崎泰久氏に紹介され、2度ほど会ったことがあるが、才女というより、気配りの細やかな、優しい眼差しの女性という印象だった。「あなたの心に」を聴くと、高校受験勉強そっちのけで、仲間たちと一緒に文化祭、体育祭をはじめとする学校行事に一生懸命になり、また、新聞部でガリ版に向かっていた日々が、懐かしい友や先生の顔とともによみがえってくる。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫
アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。
お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。
1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。
ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介する。