23.08.24 update

布施明の「霧の摩周湖」がリリースされたのは、われら団塊高校生が修学旅行で摩周湖を訪れた昭和41年だった

 神秘さといえば、世界でトップクラスを誇る水の透明度で知られていた。「川から流れ込まない摩周湖は、生活排水や不純物が運び込まれることがなくて、プランクトンが極めて少ないため、透明度が高いんです。独特の深い青色は、〝摩周ブルー〟と呼ばれているんですよ」と明瞭な説明だった。
 それにしても偶然と言えば偶然、旅行から帰ってわずか2、3カ月のうちに「霧の摩周湖」が発売され、友達たちと大騒ぎした。「霧は出ていなかったよな」「でもガイドさんは霧がよく出るって言ってたよな」「婚期が遅れるとか」「お前、あのガイドさんが好きだったんだろう?」「……まぁな」と気のない返事はしたものの、摩周湖が歌になったお陰で彼女への想いは再び募るばかり。霧の中をいくら追っても届かない彼女の後姿にうなされたなんてこともあった…、五里霧中の恋、なーんて。

 さて、本楽曲誕生の舞台裏。作曲の平尾昌晃、作詞の水島哲、そして布施明らの曲作りの場でのこと。「布施くんは海より、湖だ」と平尾。それならと水島が、摩周湖の存在を語り魅力を紹介しながら提案する。杯を重ねながら水島が1行1行詩を書き始めると、平尾はギターでメロディをつけて布施がなぞるように歌うことを繰り返しながら、一晩で出来上がったという。しかし、スタッフは「誰も知らない場所の歌なんて売れない」と反対。当時は摩周湖など確かに誰も知らなかったが、渡辺プロダクションの創業者、渡辺晋は、「都会の人には知らない場所の方が、夢があって魅力を感じるのではないか」と後押ししたという。

 霧に包まれる北のさいはての湖のほとりで、別れた人を思い、霧に向かって名前を呼ぶが、ただこだますだけの摩周湖の夜…悲しい歌のイメージと未知なる神秘の湖が重なり、布施明の高い歌唱力と相俟って累計売上60万枚の大ヒットを記録する。作曲を担当した平尾昌晃は、第9回日本レコード大賞(1967年度)作曲賞を受賞。布施明にとっても出世作になったといえなくもない。デビュー以前、高校在学中だった布施は日本テレビのオーデション番組『味の素ホイホイ・ミュージック・スクール』に合格して渡辺プロダクションにスカウトされて歌手人生は始まった。前述のデビュー曲「君に涙とほほえみを」から「恋」、「霧の摩周湖」、「愛は不死鳥」、「積木の部屋」と実力通りに立て続けにヒットを飛ばしていたが、長らく賞レースに恵まれず「無冠の帝王」といわれた。それでも、1975年小椋佳の楽曲提供による「シクラメンのかほり」の大ヒット、ミリオンセラー達成で、第17回日本レコード大賞・第6回日本歌謡大賞・FNS歌謡祭での最優秀グランプリなど、数多の賞を総なめにしたことは周知の通り。NHK紅白歌合戦の常連ともなったが、2009年の『第60回NHK紅白歌合戦』で出場25回を達成、「マイ・ウェイ」を歌ったことを最後に、ポップス歌手の出場枠を後進に譲りたいと紅白出場を勇退。だが、昭和が生んだ洋楽系歌手としての功績は、2015年「第57回日本レコード大賞」功労賞受賞として実を結んだ。

 2017年10月30日作曲家、故・平尾昌晃の音楽葬が営まれ、布施は五木ひろしと共に「霧の摩周湖」と「よこはま・たそがれ」をデュエットで熱唱し、平尾の霊前に捧げたという。ボクより一つ上の団塊世代ど真ん中の布施は現役で活躍中だが、あのバスガイドのお姉さんは一体おいくつだったのだろう?

文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

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