23.12.07 update

洋楽、和製ポップス系歌手だった20歳の伊東ゆかりが「小指の想い出」の大ヒットで美しき大人の女性になった

シリーズ わが昭和歌謡はドーナツ盤

 1962年(昭和37)、詰襟と金ボタンの制服に初めて手を通したピッカピカの中学一年生になった頃、日曜日の昼12時30分からの「森永スパーク・ショー」(フジテレビ系列)が楽しみだった。わずか30分の音楽バラエティ番組で、中尾ミエ、伊東ゆかり、園まりの3人のお姉さんが司会(MC)を兼ねて舞台(スタジオではなかった)で歌ったり踊ったりしていた記憶がある。番組名から〝スパーク三人娘〟と名付けられていた。洋楽が日本語に訳詞されて〝和製ポップス〟華やかなりし時代の、ちょっと不良性感度が抜群の番組だった。アメリカンポップス(ロックンロール)で、スパーク(火花)させて昭和の若者たちを活気づけてくれたのだった。

 アイドルなどという言葉もなかった時代、まだ十代の三人娘は、それぞれ渡辺プロダクションに所属してレコード・デビューした。伊東ゆかりは、1958年6月(11歳)「かたみの十字架/クワイ河マーチ(映画『戦場に架ける橋』テーマソング)」でキングレコードから本格デビューしていたが、中尾ミエは1962年「可愛いベイビー」の大ヒットとともにデビュー、園まりも同じ年に「鍛冶屋のルンバ」で歌手デビューを果たした。

 三人娘はそれぞれ個性があった。一番おきゃんで目立ったのは中尾ミエで、音域の幅が広く歌唱もうまくて三人娘のリーダー的な存在だった。園まりは年長だったせいかおっとり感があってお嬢様のように声も小さく、人を押しのけて舞台の真ん中に立つようなことが少なかった(ように思う)。そして伊東ゆかりは、正直に申し上げると〝山出し〟の感拭えず、どこか垢抜けしない芋っぽさが残っていた(中学生になったばかりの筆者の記憶だが、同世代に問うても同じような印象だったという)。

 かくて三人娘は、第14回(1963年)~第15回と続けてNHK紅白歌合戦にも出場したり、人気の音楽バラエティ番組「シャボン玉ホリデー」(日本テレビ)などにも出演したりするなど知名度は全国に広がっていった。とはいえ、もともと音楽ユニットとして結成されたわけではなく、それまで洋楽、和製ポップス系歌手だった伊東ゆかりが20歳になって、いきなり大人っぽい女性(!?)になって生まれ変わったのだ。ソロで歌った1967年2月10日にリリースされた「小指の想い出」(作詞:有馬三恵子、作曲:鈴木淳)が爆発的にヒットしたのだった。何と36枚目のシングルにして100万枚超えの大ヒットである。

 1967年末「第9回日本レコード大賞」歌唱賞を受賞し、同年大晦日の「第18回NHK紅白歌合戦」では「小指の想い出」を歌唱した。1967年内のおよそ10カ月で売上は100万枚を突破し、1968年11月時点での売上は公称150万枚と記録されている。続いて1968年にリリースされた「恋のしずく」(作詞:安井かずみ、作曲:平尾 昌晃)もその余勢を駆って大ヒットし、いずれも今日まで昭和歌謡の金字塔であり、伊東ゆかりの代表曲と言っていいだろう。

 素朴な田舎からのぽっと出の女子が、見た目も美しい女性となって歌唱する「小指の想い出」の歌詞を、中学生の分際でどう読んでいたのか、恐らく邪な妄想に駆られていたに違いない。遠い日の思い出は記憶の彼方にあるが、ドキドキしながら好きな女子の細い小指を思い描いて、悪戯っぽく歯を当ててみたくなったのではないだろうか。明日に痛いほど、噛むなんてトンデモナイ、可哀そうだろう、なんて。それとも彼女の恋心が、小指をそっと唇に押しあてて僕をしのんでくれるだろうか、と祈るばかりだったのか。同世代の男たちはいつか彼女の小指をそっと噛むことを夢見たのではないだろうか。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!