24.02.15 update

伝説の音楽プロデューサー、酒井政利に見込まれた岸田智史は「きみの朝」で大ブレイクし、橋田壽賀子ドラマ「渡鬼」やミュージカルもこなした、忘れられない昭和のフォークシンガー

 彗星のように現れた岸田だが、デビューのきっかけが興味深い。CBS・ソニーの音楽プロデューサー、酒井政利らと数々のヒット曲を世に出した制作ディレクターによると、岸田のいとこがCBS・ソニーに送ったデモテープに、岸田の作った歌が消し忘れて残っていて、それを酒井は見逃さなかった。岡山県出身で、両親、親戚も教師という家系に育った岸田は、体育の教師になるつもりで京都教育大学教育学部に入学し学生生活を送っていたのだが、酒井は京都まで訪ね、「アイドルではなく本格的なフォークのスターを育てたい」と口説いた。1976年11月21日「蒼い旅」(作詞・谷村新司、作曲・岸田智史、編曲・馬飼野康二)でデビュー。この曲は秋吉久美子主演の映画『パーマネント・ブルー 真夏の恋』(76年、松竹)の挿入歌となった、

 そして、デビュー4年目にして「きみの朝」で大ブレイクだ。同じドーナツ盤に入っている「約束の日」も79年4月に放送されたTBS系スペシャルドラマ「あめゆきさん」の挿入歌になった。同年5月には、「きみの朝」も収録された4枚目のオリジナル・アルバム『モーニング』が発売され、60万枚を超すセールスを記録した。類まれな強運の持ち主ではないか。

 コンサート会場には、後に若者のカリスマと言われる尾崎豊少年も来ていた。特にデビュー曲の「蒼い旅」が好きだったようで、出待ちしている女の子たちをかき分け、尾崎は「どういう気持ちで歌っているんですか」と尋ねたという。改めて「蒼い旅」を聴いてみたが、しみじみと心に響く曲だ。岸田にも尾崎の印象は強く残り、尾崎がデビューしたとき「あのときの子だ」とすぐわかったという。

 その後、「愛と喝采と」のスタッフがTBS系列「3年B組金八先生」を手がけることになり、80年4月からは、2作目「1年B組新八先生」で中学の教師役で主演した。主題歌「重いつばさ」も、「きみの朝」に次ぐヒットとなった。90年からは橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で中華料理店「幸楽」の従業員役を長い間演じ、さらにミュージカル『ミス・サイゴン』(92)では、クリス役を演じた。キム役の本田美奈子とともに、ミュージカルの発声を教わるところから始まり、最初の舞台まで2年半を要したという。

 2011年56歳のとき、交通事故で重傷を負い約1年半のリハビリも経験した。昨年は舞台やミュージカルの楽曲制作を手がけている。稀代のプロデューサー酒井政利に見出され、芝居に注文の多い脚本家、橋田壽賀子をして「あなた、前は歌手だったの?」と言わしめるほど、俳優としての演技も確かだった。私にとっては忘れられない昭和のシンガーソングライターの一人である。

文=黒澤百々子 イラスト:山﨑杉夫

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