24.03.07 update

庄野真代の「飛んでイスタンブール」がリリースされたのは成田空港が開港した1978年、みんなが海外旅行の夢を抱いた

 70年代後半、日本経済も高度成長が安定期に入り、円高も進んだ。因みに1978年の円相場は1ドル195円、前年は1ドル240円。日本人の関心が海外へと向いてきたときだった。1月には作曲家の平尾昌晃&畑中葉子のデュエット曲「カナダからの手紙」や、79年にはジュディ・オングの「魅せられて」、久保田早紀の「異邦人」など、海外にあこがれる日本人のイメージを膨らませる楽曲が流行った時期だ。未知の都市「イスタンブール」に多くの人が好奇心と夢を抱いた。筆者もそんな一人で、世界地図を取り出して「イスタンブール」の位置を確認した記憶がある。前年の77年には「飛んでいる女」が流行語になった。ちあき哲也は失恋した女性のセンチメンタル・ジャーニーを描いたのだが〝恨まないのがルール〟と軽くかわす都会的な強い女性像が庄野の持つ雰囲気とも重なった。

 リリース3ヶ月後にはオリコンシングルチャートでトップ10に入り、同年7月リリースの「モンテカルロで乾杯」(作詞・ちあき哲也、作曲&編曲・筒美京平)、同年11月「マスカレード」(作詞・竜真知子、作曲・筒美京平、編曲・瀬尾一三)とヒットが続き、年末の「第29回紅白歌合戦」に初出場した。さらに当時は学園祭ブームで、いろいろな学校が学園祭にアーティストを呼んだが、庄野は「学園祭の女王」といわれた年もあった。コンサートは年間で150本くらい。そのうちの半分が学園祭で全国各地をまわった。

 そんな歌手としても絶好調の時期に、庄野は休業宣言をして、地球の素顔をみてまわる旅に出たのだ。80年2月にポーラ化粧品の春のキャンペーンテーマ曲「Hey Lady 優しくなれるかい」をリリースした後、25歳のときである。

 日本から5ケ所ストップオーバーできる安いチケットでヨーロッパまで行き、一年で多くの地域をまわり、その後の一年はロサンゼルスに住んでレコーディングをするという2年にわたる旅だった。イスタンブールにも立ち寄ったが、歌詞にある〝光る砂漠〟はなく、OLがミニスカートにハイヒールの音を立てて闊歩する都会だった。曲とのギャップに驚いたと、著書『庄野真代、支えあう社会を奏でたい』で語っている。道中はそれまでの庄野の知らない世界のとの遭遇だった。バックパッカーの出で立ちで訪れたタイにはじまり、アフリカ最北端のチュニジアやサハラ砂漠の町などで心を動かされた出会いを何度も経験する。この2年の旅を終え歌手活動を再開しながら、旅の経験を執筆や講演で伝える活動も始めた。さらにミュージカル「火の鳥」「アニー」、テレビドラマ「教師びんびん物語Ⅱ」(1989年)などにも出演、活動の幅を広げた。

 しかし、旅をして世界を見聞きしたことを話すだけでは、内容が浅いと考え、もっと確かな情報や歴史的な背景を学ぼうと決意。法政大学が社会人入試を実施することを知ると、願書を取り寄せ45歳の春に女子大生になった。環境や途上国の問題、ボランティア論、国際協力を学び、奨学生としてロンドンの大学にも留学した。何とパワフルなことか。さらに「NPO法人 国境なき楽団」を立ち上げ、施設などへの訪問コンサートや家庭で不要になった楽器を集めて途上国の子供たちに送るといった活動をはじめ、「子ども食堂しもきたキッチン」も主宰。もちろん、同時代に活躍した歌手の麻倉未希、澤田知可子、原田真二らと昭和ポップスを歌う公演も続けている。

「飛んでイスタンブール」は、歌った庄野真代自身の人生をも変えてしまった名曲といえるだろう。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!