24.04.11 update

下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女になった倍賞千恵子の大ヒット曲「さよならはダンスの後に」

 昔、ウイスキーの広告のキャッチコピーに、〈何も足さない、何も引かない〉というのがあった。素材に忠実にピュアなまま、樽から生まれるウイスキーを表したものと勝手に解釈していたが、倍賞千恵子の歌にも演技にも共通しているような感じがある。素のままでいい、うまく見せようと無理に足そうとしない。無理して足せば、引くことが必要になる。だから飾らない。

 倍賞千恵子の抒情歌に耳を傾けてみた。「あざみの歌」、「忘れな草をあなたに」、「惜別の歌」、「さくら貝の歌」、「白い花の咲く頃」等などしみじみと聴き入ってみると、生真面目とも思えるほど日本語(詞)の発音の一つ一つが明確に丁寧に伝わってくる。高音に伸びるソプラノの声に無理がなく、まったくケレン味がない。

 東京西巣鴨に生まれ、幼少期は北区滝野川で育った。すぐ隣の町で育った筆者は、北区公会堂の歌謡ショーに行ったり、王子の名主の滝や飛鳥山公園で遊んだりしたが、きれいな千恵子お姉さんと遭遇していたかも知れない。現在の飛鳥山公園のモノレール「アスカルゴ」の音声案内の声の主は倍賞千恵子で、地元にご縁があり北区のアンバサダーになっている。父親が都電(路面電車)の運転士だったということも、隣のお姉さん的で、身近な存在のように感じていた。

 幼少時から歌が上手く、小学生のときには姉に代わって本人が望みもしなかった「NHK素人のど自慢大会」に出場するほどだった。13歳、ポリドールの児童合唱団に所属したことで、歌手の道を歩み始めたが、高校入試の猛勉強中に、両親が示したのは松竹歌劇団の願書だった。16歳、松竹音楽舞踊学校に入学。1960年、同校を首席(!)で卒業し、松竹歌劇団(SKD)13期生として入団、若くして「逸材」と注目された。…そうか、もともと歌手を目指していたのだ。1961年松竹映画にスカウトされて歌劇団を退団、同年の映画初デビューは『斑女』(中村登監督)だった。前述したように、『下町の太陽』で山田監督に出会いその後も山田監督作品を含め数々の映画に出演していたが、女優、倍賞千恵子として決定的に運命を決めたのは、『男はつらいよ』シリーズが始まる1969年(昭和44)以降、渥美清演じる寅さん(お兄ちゃん)の妹さくらの役回りを最後まで演じ続けたことだろう。1995年まで連続48作品、1997年『寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』、2019年『お帰り 寅さん』と妹さくらとして生き続けたのである。その間、山田組に欠かせない女優として、日本列島縦断3000キロをロケする旅の映画、名作『家族』(1970)にも出演。当然、〝滅多に歌わない歌手〟といわれることになったが、演技者としての彼女の映画もまた、歌唱する姿勢と同じように「素」のままで役回りを演じてケレン味がない。

 一昨年公開された、映画『PLAN75』に主演した。超高齢化が進む中で、75歳以上が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本、その制度に翻弄される人々を描いた映画だった。倍賞は夫と死別し、ひとり静かに暮らしながらもPLAN75の選択を迫られる、78歳の角谷ミチ役を見事に演じた。

 歳を数えては失礼だが、間もなく83歳を迎える〝滅多に歌わない歌手〟と言われてきた倍賞千恵子が、しかし今年もまた「八ヶ岳音楽堂」(6月1日)、「東京オペラシティコンサートホール」(6月22日)でコンサートの舞台に立つ。(本稿は、倍賞千恵子著『お兄ちゃん』廣済堂出版刊、参照)

文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

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映画は死なず

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