24.05.23 update

パッパッパヤッパーのスキャットが忘れられない、大人の女の意味深な詞とフィンガーアクションで大ヒットした、金井克子「他人の関係」

 5人兄弟の末っ子で、長姉とは16歳も離れていた。その姉がバレエが好きで、数多あるバレエ団によるオペラの発表会に連れていってもらったことがクラシックバレエと出合うきっかけだった。フランス人形のような衣装を着て踊る姿を見て、「私も!」となった。8歳のとき、西野バレエ団に入団。バレエが小学生の女子たちの憧れだった戦後まもなくの時代、入団した女子は50余人にものぼったが、中学生になって舞台デビューするころになると、残ったのは3人だった。14歳、昭和34年(1959)といえば、後に平成天皇となる皇太子明仁親王と正田美智子さんのご成婚で日本中が祝賀に沸いた年。ご成婚記念のテレビ番組「バレエ劇場」の主役に抜擢される。これを機に他局から誘いの声がかかり、初めは歌と歌の合間の踊り手として芸能界に進むことになる。西野バレエ団創設者の西野皓三団長も後押しし、西野バレエ団から初めて芸能界への進出を果たすことになった。やがて自ら歌も歌い17歳でソロデビュー(1962年8月、「ハップスバーグ・セレナーデ/涙の白鳥」)、ドラマにも出演、高校生になるとNHKの音楽バラエティー番組「夢であいましょう」の準レギュラーとして出演するほどの忙しい十代を過ごすことになる。

 昭和39年(1964)大阪の四天王寺高校卒業後、金井克子の名をさらに世に広めたのは、NHKの「歌のグランド・ショー」だった。当時は大スターが一堂に会する国民的な歌謡番組として、とてつもない視聴率を稼いでいた。そのレギュラーに抜擢されて、東京に移り住み4年間出演している。昭和41年(1966)同番組の出演に対して、第3回ギャラクシー賞テレビ・個人部門を受賞。NHKへの貢献度が評価されたのか、この年、「ラバーズ・コンチェルト」(米、ポップス)の歌唱で紅白歌合戦に初出場を果たしている。翌1967年には、「ラ・バンバ」(米、ロック)で連続出場。その頃、西野バレエ団の五人娘がダンスグループを結成。歌って踊るアイドルグループとして人気者となっていた。原田糸子、由美かおる、奈美悦子、江美早苗、そして金井克子が「レ・ガールズ」として活躍するが、1968年の紅白では歌唱はなく、「レ・ガールズ」がダンスを披露して紅組応援団に回った。1969年第20回の紅白では金井はソロでダンスを踊った。4年連続出場といえるが、彼女には持ち歌を歌唱するヒット曲がなかったともいえる。ソロのレコード歌手としてのオリジナル曲は、鳴かず飛ばず状態だったのだ。新曲のキャンペーンのために地方回りも続いた。「バレリーナを目指したのに、ミカン箱の上で歌うのは情けなかった」と述懐しているが、大きなヒットには恵まれなかった。円形脱毛症にもなるような心労が続いた。初心に戻って歌を捨て、バレエをやり直そうと決めて単身ニューヨークへ渡る。3カ月、バレエカンパニーのレッスンは楽しかったが、「金井克子」の名を捨てられず帰国。歌は、次の曲を最後にしようと心に秘めていた。

 それが、エロティックでショッキングな歌詞の「他人の関係」だった。後にキャンディーズや山口百恵、郷ひろみらを売り出す大ヒットメーカー、CBSソニーのプロデューサーの酒井政利と制作スタッフは、「詞がエロティックだから、表情を出さず詞に合わせないように抑揚を抑えた声と表情でサラリと歌って」とアドバイスした。振付も品(しな)を造らず人工的にと、すべてに〝生々しさ〟を感じさせない演出にこだわった。かくて「他人の関係」プロジェクトは、まだ28歳の金井克子の再起の一曲となった。1973年、シングル・デビュー以来10年目にして、オリコン・シングル・チャートでトップ10にランクイン、ミリオンセラーを記録。この年の第15回日本レコード大賞企画賞を受賞。

 意味深な楽曲もさることながら、あの手信号のような「指先確認」のフィンガーアクションが子どもたちにも伝播して大流行。続く夏木マリ「絹の靴下」、辺見マリ「経験」、伊東ゆかり「小指の思い出」など大人の女の意味深な楽曲のヒットとともに、「指先確認」の振付も広まっていった。元祖は金井克子といえるのだろう。ニューヨークから帰国後、歌手活動の最後にしようと臨んだ楽曲「他人の関係」で、第24回NHK紅白歌合戦に、今度はダンスだけでなく堂々たる歌唱で出場した。勿論、大舞台にもかかわらず、クールに無表情に、人工的な振付を通して歌い終えた。

 因みに、この年から紅白の会場は東京渋谷の新しく完成したNHKホールになり、15歳の森昌子は「せんせい」、アグネス・チャン「ひなげしの花」、郷ひろみ「男の子女の子」、麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」など10代歌手の初出場が目立った。そして今、50年を超えそれぞれの歌謡スターの有為転変に思いをめぐらしながら、金井克子の人生を変えた〝一曲の重み〟を改めて感じるのである。

文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

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