24.08.01 update

80年代のアイドル全盛のなかで、トップ・アイドルに躍り出た菊池桃子の「もう逢えないかもしれない」は、シティ・ポップブームの再来で注目されている林哲司によるプロデュース

 特筆するのは菊池の84年のデビュー以来約4年にわたり、作曲家の林哲司が全曲を書き下ろしプロデュースしていることだ。林は菊池の独特な声質とキャラクターをブレンドさせ、1曲1曲丁寧にプロデュースした。4作目のシングル「卒業─GRADUATION─」「(85年1月リリース)、「BOYのテーマ」(85年5月)、「もう逢えないかもしれない」(85年9月)、「Broken Sunset」(86年2月)、「夏色片思い」(86年5月)、「Say Yes!」(86年9月)、「アイドルを探せ」(87年4月)の7曲は連続オリコン1位、ファーストアルバム『OCEAN SIDE』(84年9月)もオリコンアルバムチャート1位を記録している。

 その後、88年2月に自らがメインボーカルを担当するロック・バンド「ラ・ムー」を結成し、「愛は心の仕事です」などシングル4曲、アルバム1作をリリースした。それまでの清純派アイドルからの脱皮を図ったのかもしれないが、歌番組で見かけることもなくなり、活躍の場も女優、ナレーション、ラジオパーソナリティーへと移っていった。

 菊池桃子には、もう一つの顔がある。結婚、離婚を経験し、シングルマザーとして二人の子供を育てながら芸能活動も続け、40歳のとき法政大学大学院・政策創造専攻の修士課程へ進学、修士課程を修了、さらに母校の戸板女子短期大学の客員教授として教鞭もとっているのだ。きっかけは、障がいをもつ長女と自身のキャリアだった。長女は乳児期に脳梗塞を患い手足に少し後遺症が残った。長女に適した幼稚園や小学校を探す過程で地域の就学相談が頼りにならないことを身をもって体験した。菊池自身も、これからどのような人生を歩んでいくべきか悩んでいた時、大学院で「雇用政策」を学ぶ女性のインタビュー記事をみつけたのだ。菊池はキャリアカウンセラーでもあり会社の経営もしながら高校生の男の子を持つ母親だった彼女を早速訪ねると、心理学者のユングが人間の人生を一日の太陽の運行にたとえた話をしてくれた。当時の菊池の年齢39歳は〝人生の正午〟で、これから自身の午後を輝かせることができるというのだ。菊池は、もう一度学び直そうと猛勉強を始めた。子供たちはかつて菊池が親に反抗した頃と同じような時期だったが、勉強、子育て、仕事のどれも手を抜かないで、逞しく乗り切ったのだ。大学院では異国の言葉を聞いているような専門用語を理解することからだったが、ついに論文も書きあげ、母校で、「女性のキャリア形成」の授業を受け持つに至った。さらに「一億総活躍国民会議」の民間議員、文部科学省 初等中等教育局の委員に就任するなど公職の場からもお呼びがかかるほどである。

 そして、今年は歌手としての40周年の活動である。79年に林哲司が松原みきに提供した「真夜中のドア/Stay With me」がインドネシアの歌手にリリースされるなど、昭和の名曲が海外で注目され、シティ・ポップブームと言われているが、その中には菊池がリリースした林の楽曲も多い。40周年記念の「エターナル ハーモニー」のCDの中には、菊池桃子作詞・作曲、編曲林哲司の「Starry Sky」も収録されている。言ってみてば、師匠にあたる林とコラボするまで菊池が成長した証といえよう。アイドル歌手だった菊池がさまざまなキャリアを積んで活躍の場を拡げ、40周年を迎えるというのは感慨深い。これからの活躍も楽しみだ。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

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