25.08.28 update

八代亜紀の出身地・八代市の豪雨災害に心を痛め、「雨の慕情」の〝あめあめふれふれ〟のリフレインを聴きながら、亡き演歌の女王を偲ぶ


「線状降水帯」という気象用語が登場するようになったのは、2014年8月、広島市北部を襲った豪雨災害からといわれる。夜中のわずか3時間に滝のような雨が降り、同時多発的に大規模な土砂災害も起きて、300戸を超える家屋が損壊、70名余の命が奪われるという大惨事だった。豪雨被害の恐ろしさをまざまざと見せつけられたが、それからというもの毎年どこかの地域で線状降水帯が発生し、真っ黒な濁流に飲み込まれる家屋や土砂崩れの映像を頻繁にみるようになった。

 今年もお盆前の8月10日~11日に、九州北部に線状降水帯が発生した。早場米や農産物の収穫、老舗の呉服店の高級着物も甚大な被害を受けたが、全国一のイ草の産地、熊本県八代市地域も収穫したイ草や畳表を織る機械が浸水で大きな打撃を被った。近年は後継者不足でイ草そのものの生産が危機的な状況のなか、さらにイ草農家に追い打ちをかけるものだった。そうだ、八代市といえば、一昨年2023年の暮れに亡くなった八代亜紀の故郷ではないか。


 箱根が2015年の大涌谷の噴火により観光客が激減し、元気のなかった箱根のため、強羅に別荘があった縁から「はこね親善大使」に就任し、箱根の話題作りに尽力されていた。そんな折、「箱根」への思いを取材させていただいたことがあった。「箱根」は、月に3、4日間かけて2回、アトリエにこもって絵を描くだけに専念する場所で、歌手と画家のバランスをうまくとる場所だったのである。談たまたま、「私の故郷の八代市の名産はイ草でつくるゴザなの。大涌谷に八代のゴザを敷いて、みんなで寝転んで満天の星を眺めながら歌謡ショーをやりたいの」と、愛する故郷と箱根を結びつけた夢を語っていた。ご存命なら、豪雨被害の被災地にいの一番に駆けつけているに違いない。八代亜紀は言うまでもなく、「演歌の女王」という存在でありながら、困っている人を見捨てられない、そんな優しい人だった。


 八代亜紀のたくさんのヒット曲が頭を過った。その中でも好きなのが、「舟歌」と「雨の慕情」だが、今回は「雨の慕情」を改めて聴いてみたくなった。 



「雨の慕情」(作詞・阿久悠、作曲・浜圭介、編曲・竜崎孝路)は、1980年4月25日リリースの30枚目のシングルである。サビの「あめあめふれふれ、もっとふれ」は豪雨のことを思うと皮肉ではある。空の上で申し訳なさそうな表情をした八代亜紀がいるような気がしてならない。それまでの曲は、しんみりと女心を聴かせる歌が多く、とても口ずさむようなものではなかった。けれども「雨の慕情」は、しっとりと始まるが、サビの部分で盛り上がり、覚えやすく親しみやすい歌詞だ。雨の日に子供たちが歌うのはきまって童謡の「あめふり」だったけれど、いつの間にか子供たちは、「わたしのいいひと……」と意味も分からず歌っているのを耳にした。発売するといきなりベストテン入り、プロ野球の試合中に雨が降り出すと、負けているチームの応援団は、コールドゲームになるようにこのサビの部分を歌いだした。コンサートでもサビの部分が大合唱になった。まさに社会現象まで引き起こした曲である。

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