アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。
お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。
1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。
ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介する。
もう随分まえになるが、10月中旬に札幌、函館方面へ旅行に出かけた。千歳空港に到着し、外に出ると空気の冷たさに体がこわばった。バスで札幌に向かう途中、街路樹のナナカマドの美しさに見とれていると雪が舞ってきた。この日が札幌の初雪だったのだ。東京はこれから紅葉が始まるというのに北海道はさすがに早い。南北に長い日本列島、はるばる北に来たことを実感したのだった。
翌日タクシーに乗ると、ラジオから「みなさん、この時期に聴きたい曲、ナンバーワンです」と紹介され流れてきたのが、紙ふうせんの「冬が来る前に」だった。1977年(昭和52)11月1日にリリースされたが、当時初めて聴いたのは、中学生の頃でラジオからだった。時を経て大人になって聴くと、女性の気持ちが痛いほどよくわかる。哀しいかな、去ったものは戻らない。窓の外に目をやると幸せそうなカップルが手を繋いで歩いていた。
紙ふうせんは、後藤悦治郎と平山泰代の夫婦デュオである。2人は「竹田の子守歌」や「翼をください」の曲で知られる〈赤い鳥〉のメンバーだった。赤い鳥は、男女5人が美しいハーモニーを醸し出す魅力的なグループで、69年のヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに関西・四国地区代表として参加し、オフ・コース、チューリップを抑え優勝した。74年に解散後、紙ふうせん、ハイ・ファイ・セット、ハミング・バードとしてそれぞれ活動する。ハイ・ファイ・セットは、荒井由実の「卒業写真」「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」などの曲をリリースし大ヒット。その後、ブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバートの「愛のフィーリング」をなかにし礼が歌詞をつけカバーした「フィーリング」も歌っている。
一方、紙ふうせんはフォークのあり方を追求した。ハイ・ファイ・セットがヒットを飛ばしているのとは対照的だった。「冬が来る前に」は、7枚目のシングルで、後藤が作詞したものだが、冬支度でストーブを掃除しているときに浮かんだそうだ。夏の思い出を抱いたまま秋に別れた男性をあきらめきれない女性の気持ちを歌ったこの曲は、ラジオからじわじわと火がつき、レコード売上げは45万枚を記録した。夫婦でのマイペースな活動でも悪くはなかったが、代表曲が欲しいと願っていたときのヒットだった。さぞかし嬉しかったに違いない。
リリースされた翌年1月のある新聞社のデータによると、レコード売上げ、有線放送、テレビのベストテン番組などの順位と話題性を加味した統計では、1位がピンク・レディーの「UFO」、2位キャンディーズの「わな」、3位山口百恵の「赤い絆」、4位中島みゆきの「わかれうた」、5位が西城秀樹の「ブーツをぬいで朝食を」、6位がアリスの「冬の稲妻」、7位が紙ふうせんの「冬が来る前に」、8位が平野雅昭の「演歌チャンチャカチャン」、9位が原田真二の「てぃーんずぶるーす」、10位がピンク・レディーの「ウォンテッド」。紙ふうせんの「冬が来る前に」も堂々7位にランキングされている。
後藤と平山は兵庫県の同じ高校の同級生で今年は結成48年になる。1995年(平成7年1月17日)阪神・淡路大震災に被災しながらも、間もなく被災地コンサートを開催し、2006年からは毎年「リサイタル~なつかしい未来」を開催してきた。ここ2年ほどはコロナ禍でできなかったが、今年は兵庫県西宮市で3年ぶりのリサイタルが予定されている。70代になっても夫婦仲良く歌えるとは、何とも羨ましいカップルだ。
あの旅行で函館の小さな写真館に寄った。宝石箱のように美しい夜景や雪をかぶった教会の幻想的な風景の写真がとても気に入り、ポストカードを5セットほど買ったのだが、その写真館からは毎年11月になるとカレンダーが送られてくる。あと一枚になってしまった今年のカレンダーを見つめていると、紙ふうせんの「冬が来る前に」が聴きたくなり、コートを出して冬支度を始めるのがこの時期の習慣になっている。
文:黒澤 百々子 イラスト:山﨑杉夫