22.11.10 update

別れた男性をあきらめきれない女ごころを、デュオの美しいハーモニーで歌いあげた〝紙ふうせん〟の「冬が来る前に」

アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。
お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。
1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。
ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介する。

 もう随分まえになるが、10月中旬に札幌、函館方面へ旅行に出かけた。千歳空港に到着し、外に出ると空気の冷たさに体がこわばった。バスで札幌に向かう途中、街路樹のナナカマドの美しさに見とれていると雪が舞ってきた。この日が札幌の初雪だったのだ。東京はこれから紅葉が始まるというのに北海道はさすがに早い。南北に長い日本列島、はるばる北に来たことを実感したのだった。

 翌日タクシーに乗ると、ラジオから「みなさん、この時期に聴きたい曲、ナンバーワンです」と紹介され流れてきたのが、紙ふうせんの「冬が来る前に」だった。1977年(昭和52)11月1日にリリースされたが、当時初めて聴いたのは、中学生の頃でラジオからだった。時を経て大人になって聴くと、女性の気持ちが痛いほどよくわかる。哀しいかな、去ったものは戻らない。窓の外に目をやると幸せそうなカップルが手を繋いで歩いていた。

 紙ふうせんは、後藤悦治郎と平山泰代の夫婦デュオである。2人は「竹田の子守歌」や「翼をください」の曲で知られる〈赤い鳥〉のメンバーだった。赤い鳥は、男女5人が美しいハーモニーを醸し出す魅力的なグループで、69年のヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに関西・四国地区代表として参加し、オフ・コース、チューリップを抑え優勝した。74年に解散後、紙ふうせん、ハイ・ファイ・セット、ハミング・バードとしてそれぞれ活動する。ハイ・ファイ・セットは、荒井由実の「卒業写真」「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」などの曲をリリースし大ヒット。その後、ブラジルのシンガーソングライター、モーリス・アルバートの「愛のフィーリング」をなかにし礼が歌詞をつけカバーした「フィーリング」も歌っている。

 一方、紙ふうせんはフォークのあり方を追求した。ハイ・ファイ・セットがヒットを飛ばしているのとは対照的だった。「冬が来る前に」は、7枚目のシングルで、後藤が作詞したものだが、冬支度でストーブを掃除しているときに浮かんだそうだ。夏の思い出を抱いたまま秋に別れた男性をあきらめきれない女性の気持ちを歌ったこの曲は、ラジオからじわじわと火がつき、レコード売上げは45万枚を記録した。夫婦でのマイペースな活動でも悪くはなかったが、代表曲が欲しいと願っていたときのヒットだった。さぞかし嬉しかったに違いない。

 リリースされた翌年1月のある新聞社のデータによると、レコード売上げ、有線放送、テレビのベストテン番組などの順位と話題性を加味した統計では、1位がピンク・レディーの「UFO」、2位キャンディーズの「わな」、3位山口百恵の「赤い絆」、4位中島みゆきの「わかれうた」、5位が西城秀樹の「ブーツをぬいで朝食を」、6位がアリスの「冬の稲妻」、7位が紙ふうせんの「冬が来る前に」、8位が平野雅昭の「演歌チャンチャカチャン」、9位が原田真二の「てぃーんずぶるーす」、10位がピンク・レディーの「ウォンテッド」。紙ふうせんの「冬が来る前に」も堂々7位にランキングされている。

 後藤と平山は兵庫県の同じ高校の同級生で今年は結成48年になる。1995年(平成7年1月17日)阪神・淡路大震災に被災しながらも、間もなく被災地コンサートを開催し、2006年からは毎年「リサイタル~なつかしい未来」を開催してきた。ここ2年ほどはコロナ禍でできなかったが、今年は兵庫県西宮市で3年ぶりのリサイタルが予定されている。70代になっても夫婦仲良く歌えるとは、何とも羨ましいカップルだ。

 あの旅行で函館の小さな写真館に寄った。宝石箱のように美しい夜景や雪をかぶった教会の幻想的な風景の写真がとても気に入り、ポストカードを5セットほど買ったのだが、その写真館からは毎年11月になるとカレンダーが送られてくる。あと一枚になってしまった今年のカレンダーを見つめていると、紙ふうせんの「冬が来る前に」が聴きたくなり、コートを出して冬支度を始めるのがこの時期の習慣になっている。

文:黒澤 百々子 イラスト:山﨑杉夫

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!