◆思い出深い『オセロ』と『メアリ スチュアート』
──中野誠也も川口敦子も実に数多くの作品に出演している。代表作はと問うこと自体が愚問なのかもしれない。
中野 60年以上俳優座で演じてきて、作品それぞれに思い入れがありますが、『リア王』や『オセロ』などヨーロッパの演劇が生んだ最高傑作を千田先生が演出をして、それにキャスティングされたということだけでも、その喜びは僕にとって今でも忘れられないことです。
──中野誠也は71年に上演された千田是也演出の『オセロ』ではイアーゴにキャスティングされている。オセロは仲代達矢、デズデモーナは河内桃子だった。

──川口敦子は加藤剛が主演した86年の『門-わが愛』でのお米役で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している。
川口 あの役は実は代役で、私の役ではないのじゃないかと思っていたんです。気負わなかったところがよかったのでしょうか。舞台に一人で立っているシーンで、足を開いてだらしなくボーッと立っていて、そのとき、あら、私本当に何も考えないでボーッと立っている、と感じた瞬間があったんです。私の中から何かストーンと落ちる感じがして、そのとき私の外見や、役柄の一途さといった内面が、偶然、私自身と一致したのだと思います。それが賞につながったのかもしれません。でも、私の中で大事に思う作品は……。
──と川口が挙げたのは、83年に上演されたシラーの『メアリ スチュアート』のエリザベス役だった。
川口 演出の千田先生が、川口はこういうのがいいんだよ、と選んでくださったらしいのですが、それはもう(栗原)小巻さんが演じたメアリ役よりいい役だと感じました。千田先生のご指導の中での大事な作品になっていて、当時の劇評でも誉めていただいたようです。でも、こんないい役をまたやりたいなと思いつつ、芝居を台無しにしてしまったかしら、と毎回反省しきりです。
──演劇賞ということで言えば、川口は97年の念願の井上ひさし作品『マンザナ、わが町』で読売演劇大賞優秀女優賞を受賞している。中野もまた、2001年に、日欧舞台芸術交流会の『ヴェニスの商人』のシャイロック役が評価され読売演劇大賞優秀男優賞を受賞している。ヨーロッパの各都市での上演後、俳優座劇場で凱旋公演として上演されたもので、中野は羽織袴の和装のシャイロックで登場。シャイロックの哀しみみたいなものが伝わってくる芝居だった。シャイロック以来、悪役のイメージが強くなったと中野は苦笑するが、俳優座以外の舞台でも、大きな評価を受けている二人である。
◆演出家・中野誠也と俳優・川口敦子の仲のいい喧嘩
中野誠也は演出家としても多くの作品を手がけている。初演出は、自身も俳優として出演した2007年の『リビエールの夏の祭り』だった。川口も出演している。
中野 決して演出家志望ということではないのですが、若き日に、友人の俳優たちや、松竹の大船撮影所で木下惠介監督のチーフ助監督をやっている人だとかと撮影の帰りに一杯ひっかけているときに、演劇や映画について語り合った中で、演出の世界にも興味が出てきたということですね。『リビエールの夏の祭り』というのは、フランス映画の『かくも長き不在』が下敷きになっていて、それを日本を舞台に書き直した芝居で、川口さんの役は、最愛の夫の戦地からの帰りをただひたすら待ち続けることに青春の日々を費やした女性で、待ち続けることの情熱をたっぷりと演じていただいた想い出深い作品です。
川口 中野さんは本当に夢中になる人で、稽古の最中にしょっちゅう喧嘩していました。でも、私たち仲がいいから言いたいことを言い合うという喧嘩で、喧嘩が始まるとスタッフたちが、また始まったという感じで稽古場の外に出てしばらく休憩してるんですよ。
中野 稽古が終わって地下鉄で一緒に帰るんですが、僕が「アコさん(敦子さん)、これも運命だから我慢して」なんて言って笑い合っているんです。
川口 役者もやりながらの演出でしょ、二人で芝居しながら盛り上がっているときに、途中で突然演出家の眼になって、これだめだな、なんて言い出すので、私が怒っちゃうんです。

── 呼び方もいつしか川口さんからアコさんに変わり、演劇発展に青春の日々を過ごしてきた長年の同志のような絆を感じさせられた。