24.01.31 update

〝創立80周年記念スペシャルシリーズ〟【俳優座の顔】とも言える90歳と85歳の現役俳優、川口敦子と中野誠也

「俳優座」の名前に込められた、
近代俳優術の確立という志
文=杉山 弘
企画協力・写真&画像提供:劇団俳優座

 劇団俳優座は2024年2月に創立80周年を迎える。戦争と思想弾圧で傷ついた演劇の復興に大きな役割を果たし、数多くの俳優や劇作家、演出家を輩出した歴史ある老舗劇団の一つであり、重厚な社会派作品をはじめ、生活感あふれる軽妙な喜劇から前衛的な実験作まで、現代劇上演の先頭に立って演劇界を牽引するリーダー的な存在として戦後演劇史に輝かしい成果を残してきた。

▲劇団俳優座の創立者である青山杉作(左)と千田是也(右)。青山は俳優座結成第1回作品『検察官』で、千田と共同演出・共演以来、演出、演技の両方で活躍する。写真は1954年4月20日に俳優座劇場が開場する前の同年1月に撮影されたもの。青山は、45年12月26日の戦後初の新劇合同公演では『桜の園』の演出を手がけた。俳優としても、黒澤明監督『醜聞』や溝口健二監督『雨月物語』などの映画に出演している。劇場入口すぐの右階段には、千田是也と、創立者の一人である東山千栄子のブロンズ像が飾られている。さらに、〝新劇の父〟と呼ばれた劇作家・演出家の小山内薫、築地小劇場を拠点に新劇運動を興した演出家の土方与志、小説家・劇作家・俳人の久保田万太郎、舞台美術家・美術監督で<伊藤熹朔賞>に名を残す、千田是也の兄である伊藤熹朔、千田是也の写真が額装して飾られている。新劇界の先人たちへのリスペクトであろう。

◆受け継いだ築地小劇場のDNA◆

 日本演劇史の視点から見ると、江戸時代に大衆芸術として発展したものの、明治期になっても芝居と言えば「歌舞伎」を指していた。文明開化と共に西欧から流入した近代演劇の影響を受けた「新劇」が大きな花を咲かせるのは、1924(大正13)年に誕生した築地小劇場以降になる。築地小劇場では小山内薫や土方与志を中心に、戯曲を尊重し、調和を重視したアンサンブルの芝居の上演に主眼を置き、29年の解散までの6年間で84回計117本に及ぶ国内外の現代劇を上演している。この築地小劇場のDNAを色濃く受け継いだのが、戦時中に結成された俳優座だ。10人の創立メンバーのうち、青山杉作は築地小劇場で22本を演出し、研究生一期生だった千田是也は第1回公演『海戦』(24)から舞台に立ち、二期生の東山千栄子、岸輝子、村瀬幸子もメンバーに名を連ねている。千田は「俳優にとって納得のいく仕方で芝居を上演する機会を持ちたい」と近代俳優術の確立の必要性を説き、リアリズム演劇を基礎から作り直そうと志した。その思いがそのまま劇団名となり、劇団の方向性ともなった。

▲ベルトルト・ブレヒトの戯曲で、ブレヒトの真の代表作とも言われる『肝っ玉おっ母とその子供たち』は、1966年に俳優座で初演の幕を開けた。新聞各紙の劇評でも「強烈に訴える幕切れ」「正統派上演が魅力」「見ごたえある」と好評で、主演の岸輝子は芸術祭奨励賞を受賞し、代表作となった。岸輝子もまた、劇団創立メンバーの一人である。訳と演出は千田是也が手がけた。戦場と戦争を手玉に取り、たくましく生きて行く庶民の代表のような肝っ玉おっ母だが、戦争で子供たちを失う大きな代償を払いながらも、ついに戦争の本質を理解することはなかった。絶賛に応えるべく、67年には国立劇場小劇場にて再演された。浜田寅彦、滝田裕介、近藤洋介、田中邦衛、中野誠也、山本圭、新克利、河原崎次郎、中村美代子、中村たつ、大塚道子らも出演。今にしてみれば、何とも豪華なキャスティングである。また、71年には中村たつが肝っ玉おっ母を演じ、紀伊國屋演劇賞を受賞している。栗原小巻は、2000年に同役を演じており、まさに俳優座の芝居である。88年には、<無名塾>公演で〝肝っ玉〟と仇名されるアンナを演じたのは仲代達矢だった。写真は右から、岸輝子、中野誠也、大塚道子、新克利。

 本格的な公演活動は終戦直後の1946年3月で、第1回公演ゴーゴリ『検察官』では青山が演出し、小沢栄太郎と東山が市長夫妻を演じている。眞船豊『中橋公館』(46)や『孤雁』(49)に東野英治郎が主演し、久保栄『火山灰地(第一部)』(48)、モリエール『女房学校』(50)、ストリンドベリ『令嬢ジュリー』『白鳥姫』(同)、チェーホフ『桜の園』(51)、シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』(52)などの創作劇、翻訳劇に、創立メンバーを中心に、信欣三、永井智雄、浜田寅彦、木村功、松本克平、中村美代子、大塚道子、東恵美子、初井言栄、岩崎加根子、関弘子らが舞台に立った。本公演のほか、地方公演、創作劇研究会、こども劇場を企画し、51年には15公演444回で観客数34万8557人の記録も残っている。

▲加藤剛自身が提案したという1982年の『波-わが愛』(写真左)の上演。83年には『門-わが愛』(写真右)を、86年には『心-わが愛』を上演した。『心-わが愛』の演技では文化庁芸術祭賞を受賞している。そして、91年には〝わが愛三部作〟を一挙上演し、紀伊國屋演劇賞個人賞と芸術選奨文部大臣賞を受賞した。『波』は山本有三の原作、『門』は夏目漱石の『三四郎』『それから』に続く前期三部作の最後の作品であり、『心』も漱石の『こころ』が原作である。加藤剛は、この三作で、俳優座に日本近代文学路線を敷いた。『波-わが愛』は78年に、『門-わが愛』は73年に、TBS系列の金曜ドラマ枠で放送され、いずれも加藤剛が主演している。『波-わが愛』には秋吉久美子、桃井かおり、倍賞千恵子らが共演し、『門-わが愛』には星由里子、山崎努、山内明、荒木道子、神山繫、そして俳優座の岩崎加根子、永井智雄も出演していた。〝わが愛〟シリーズでもそうだが、加藤剛という俳優は、画面や舞台に品格をもたらす凛とした存在として、多くの人々に認識されていると思う。高校時代にチェーホフの戯曲を読んで俳優を志したという加藤は、早稲田大学4年のときに20倍の難関を突破して、61年に卒業と同時に12期生として養成所に入所し、13期生として終了時の同期生には、石立鉄男、横内正、細川俊之、佐藤友美らがいる。64年に俳優座に入団し、『ハムレット』の傍役で初舞台を踏む。65年には安部公房作、千田是也演出の『お前にも罪がある』の主役に抜擢され、2時間出ずっぱりの連続演技で魅せた。映像でも62年のテレビドラマ「人間の條件」の主役をはじめ、ドラマ「大岡越前」、NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」「獅子の時代」、「剣客商売」、5時間半を超える3夜連続の大型時代劇で石田三成を演じ、余人をもって代えがたい演技と好評を得た「関ヶ原」、映画『上意討ち 拝領妻始末』、『戦争と人間』シリーズ、『忍ぶ川』、『砂の器』、『新・喜びも悲しみも幾歳月』など実に多くの作品で印象深い演技を見せている。2001年には俳優座創立55周年記念作品映画『伊能忠敬 子午線の夢』で、伊能忠敬を99年の舞台版に続いて演じている。また、2枚の写真に写る川口敦子は、83年『門-わが愛』のお米役で、紀伊國屋演劇賞の個人賞を受賞している。2018年に亡くなった加藤剛を偲ぶお別れ会では、俳優座代表として挨拶をした岩崎加根子は「正義感が極めて強く、個性的で、あくまで純粋に演劇を追求していく俳優でございました」と偲び、「(加藤の)退場は、俳優座にとりましても大きな痛手でございますが、故人の美徳を損なうことなく全力を挙げ劇団の発展に尽力いたす所存でございます」と語った。

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