◆今までの演劇とはまったく違う性格を秘めた新作『スターリン』
──川口敦子は2月9日に初日を迎える本邦初演の新作舞台『スターリン』の出演が控えている。気鋭の演出家3名による同一戯曲一挙上演という意欲的な試みの舞台で、川口が出演するのは二人芝居という演出になっている。
「独裁者スターリンという存在について、彼が革命を興してソビエトを創りあげたという事実は残っていても、その心情については、誰も本当には書いていないのではないかと。だから、この作品も神秘的なベールにくるまれていて、善人、悪人という単純にはくくれない、スターリンという人物のエゴイズムだけでない、人間というものの複雑さというものをぶちまけているような芝居ではないかと。今回の演出家は若いですから、俳優の立場としては演出家のセンスと、演劇に対する情熱を信頼して、若さの力に期待して、どんな演劇をみせてくれるのかを楽しみにしているんです。どちらが正しい、どちらが間違っているというような〝演劇としての正義〟というものはないので、演出家三者三様の解釈が見ものですね」と、非常に難しい作品だと言う中野。
「私が演じるのは男の役なんですよね。本来は男優の役として書かれていて、他の2組とも男優が演じるんです。それが、演出家の考えで、私が演じることになったんです」

──果たして、川口がいかなる男役を演じてみせるのか、見逃すわけにはいかない。
さらに中野は、「今までやってきた、観てきた演劇とはまったく違う性格を秘めている作品で、ぼくらが千田先生から学んだチェーホフとかゴーリキといった近代演劇では、たとえば東山千栄子が出ていたら、東山千栄子の役は必ずいい役、そういうふうに言ってもかまわないくらいにチェーホフの演劇なんていうのは構成されている。だけど、この芝居は、誰が誰でどうなっているというのが非常に錯綜していて、アコさんは、膨大なセリフを憶えるのが大変だとお察ししています」とも。
膨大なセリフに取り組んでいる川口は「この芝居はスターリンとサーゲリ二人のディスカッション・ドラマだと思うんです。ですから基本的に言葉のやりとりだけなんですよね、舞台上で。だから、セリフを憶えなければやれないということなんです。5幕あります。舞台は怖いです。経験を重ねていろんなことがわかるようになって、ますます怖くなってきているような気がします」
さて、二人のベテラン俳優たちの新たな抱負とはどういったものだろうか。
川口 これが最後の舞台になるかもしれない、齢を重ねたからというのではなく、舞台に立つ覚悟といったことなのですが、毎回そんな気持でいつつ、この先も次の作品に出演する機会があればと、俳優であるかぎり思い続けていくことでしょうね。
中野 アコさんとはもう何十年もの付き合いで何度も同じ舞台に立っていますが、また、舞台で相手役として共演するという幸せな機会が訪れることを望んでいます。
俳優に年齢を訊ねるのは無粋かもしれない。あえて紹介すると川口敦子さん90歳、中野誠也さん85歳。年齢は単に数字という記号かもしれない。だが、この二人の数字は勲章に思えてくる。二人の言葉からは、今でも、演劇の道を志した若き演劇青年当時の、あの青春の日々と変わらず、芝居への熱い思いが響いてくる。