第二の視点
リアルでクールな視点でとらえた日本映画の名女優たち
成瀬映画には様々なジャンルがある。家族(親子や夫婦)、子供(少年、少女)、女の年代記、時代劇、芸道もの、恋愛もの、ミステリーなど。林芙美子、川端康成など原作の文芸映画が多い。作品の大半は女性(母、妻、娘など)を中心に描いた女性映画と言っていいだろう。日本映画の30年代から60年代に活躍した名女優たちの美しさと演技が味わえるのは成瀬映画の最大の魅力の一つだ。
17作品に出演した成瀬映画の代名詞といえる高峰秀子、小津映画とはまた趣の異なる自然で普段着の演技が楽しい原節子、他に山田五十鈴、杉村春子、田中絹代、高峰三枝子、香川京子、杉葉子、淡島千景、久我美子、岡田茉莉子、新珠三千代、司葉子、草笛光子、水野久美、白川由美、星由里子、淡路恵子、中北千枝子、沢村貞子、長岡輝子、京マチ子、団令子、有馬稲子、そして元妻でP.C.L.のスター女優であった千葉早智子、細川ちか子、入江たか子など。思いつくままに挙げただけでもその豪華さに圧倒される。
成瀬監督の女優(登場人物)に注がれる視点は「リアル&クール」。これは筆者の考えたフレーズだ。綺麗な女優たちに対する成瀬監督の視線には冷静さ、いや冷徹さがある。そして女性の揺れ動くネガティブな感情も実にリアルに繊細に描く。男性の映画監督に多い、どっぷりと女優にのめりこむ視線は少ない。特に大人、中年の女性を描かせたら、成瀬映画は世界の映画の中でも最高峰のクオリティだと筆者は確信する。成瀬監督はプライベートで俳優たちとの付き合いがほとんどなかったというスタッフ、キャストの証言もある。成瀬監督は実にクールな監督なのだ。
筆者は、成瀬映画に関わったスタッフ、キャストが毎年成瀬監督の命日の7月2日に行ってきた「成瀬監督を偲ぶ会」(成城での食事会、以下成瀬会)に、成瀬映画8本の助監督を務めた石田勝心監督(2012年死去)の推薦により、外部の人間として初めてメンバーに入れていただき、2008年から毎年参加させていただいた(コロナ以降は休止中)。
成瀬会では成瀬映画の現場での貴重な話をたくさん聞かせていただいた。その中で書籍や雑誌等でも成瀬映画について語ったことのないと思われる一人の女優の証言を紹介したい。若大将シリーズや特撮もの、そして多くの文芸映画に出演した故星由里子(2018年死去)。成瀬映画には『夜の流れ』(60 共同監督=川島雄三)、『妻として女として』(61)、『女の座』(62)、『女の歴史』(63)の4本に出演している。
『女の歴史』のラスト近く、夫の山崎努(現・山﨑)を交通事故で亡くし、山崎の母の高峰秀子から酷い言葉を投げかけられる。高峰はそのことを詫びようと、嫁の星の住む、世田谷の大蔵団地の前の坂道にタクシーで出向く。雨が降る中、傘を差しながらの二人の会話。涙を流して詫びる高峰に対して、最初は冷たい態度であった星は、最後に許す気持ちになり一緒に星の住む部屋に歩いていく。成瀬映画の数多い雨のシーンでも一、二を争う名シーンだ。

成瀬会(2009)に参加された星由里子さんは、この時の撮影について次のように述べた。
「一番印象に残っているのは大蔵団地のところでロケをしたんですけど、成瀬先生が私を呼んで、『星ちゃんねぇ、ここ雨だからね、傘さして、じっと立っているだけで何にもしない。じっと立ってなさいね』と言われました。私はまだ若かったので、先生は何でそんなことをおっしゃるのだろうと思っていました。そのシーンが出来上がったのを観て、先生が何もしないでじっとしていなさいと言ったのが、よくわかりました。スタッフが凄い雨を降らしている中で高峰さんが、私をじっと見つめてくれる。それだけで涙が出てきて、映画って凄いんだなぁ、成瀬先生って凄いんだなぁって思いました」(筆者が当日録音した音源からの採録)。









