25.08.20 update

筒美京平 生誕85周年企画 作曲家と編曲家の二刀流で大ヒット曲をかっ飛ばし続けた歌謡界の大谷翔平!

「こっち側」に好意的な「あっち側」の象徴のような作曲家


 2013年に出た『筒美京平ボックス』のブックレットのインタビューで山下達郎はこんな話をしている。

「我々日本のフォーク/ロックと言われる人間にとってはずいぶん長いこと一種の「仮想敵」という存在としてあったと思うんです」

 そんな発言こそ筒美京平の影響の大きさを表しているのではないだろうか。仮想敵。つまり本来的な意味では敵でないとしても倒さなければいけない相手である。

 70年代に入って音楽は大きく変わった。

 GSが「バンド」という形態を変えたとしたら拓郎・陽水に代表される「シンガーソングライター」という存在が力を持つようになった。

 自分で書いた曲を自分で歌う。

 そこに「職業作家」は介在しない。

 シンガーソングライターとしてオリジナルを歌う人たちにとっては「職業作家」に書けないものを書かないと独自性を手にすることはできない。

 つまり対立した関係になる。

 おまけに業界は圧倒的に「職業作家」の力が強かった。オリジナルのフォークやロックを歌う髪の毛の長い若者たちは自分たちの手に負えない厄介な連中だった。70年代のことを語る時に使われる「あっち側・こっち側」というのはそんな関係のことだ。

▲(左)1978年4月1日リリースの庄野真代「飛んでイスタンブール」(作詞:ちあき哲也、編曲:船山基紀)はオリコンシングルチャート3位のヒット曲。続く同年の同じくちあき哲也作詞「モンテカルロで乾杯」では編曲も担当し、オリコンシングルチャート5位にランクされている。筒美は日本レコード大賞・作曲賞を受賞。(右)1978年8月5日リリースの大橋純子「たそがれマイ・ラブ」(作詞:阿久悠)はオリコンシングルチャート2位のヒット曲となり、大橋純子は78年日本レコード大賞・金賞に輝いた。同じく金賞受賞の野口五郎「グッド・ラック」(作詞:山川啓介、編曲:高田弘)、岩崎宏美「シンデレラ・ハネムーン」(作詞:阿久悠)の作曲も筒美京平だった。


 筒美京平は「あっち側」の象徴のような存在だった。それでいて「こっち側」に対して好意的な作曲家だった。

 尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を書いた作詞家、阿久悠はデビュー6年目の若手だった。筒美京平がその後に誰よりも密な関係を続けたのが松本隆だ。

 言うまでもなく日本語のロックの「元祖」となったバンド、はっぴいえんどのドラマー兼作詞家。73年にバンド解散後、作詞家の道を選んだ彼の最初のヒット曲、チューリップの「夏色のおもいで」を評価していたのが筒美京平だった。

 ただ、「こっち側」の人間にとってじは筒美京平がそうであるように作詞家という存在も「仮想敵」だった。当時、松本隆は「裏切者」扱いされたこともあった。

▲1978年3月21日リリースの中原理恵「東京ららばい」。筒美とのコンビ作が作詞家別では橋本淳に続き約380曲を数える松本隆が作詞を手がけ、オリコンシングルチャート9位のヒット曲となり、中原理恵は日本レコード大賞・新人賞を、筒美は作曲賞を受賞した。
 

 71年、72年、73年と売り上げランキングが一位になり飛ぶ鳥を落とし勢いだった筒美京平が74年に新たにデビューする新人、太田裕美の作詞に選んだのが松本隆だ。デビューアルバム『雨だれ』は全曲の作詞と作曲が二人の手によるものだった。

 70年代にあった「あっち側・こっち側」の壁を崩した作詞家が松本隆で作曲家が筒美京平だ。二人の手による新しいスタイルの歌が75年の「木綿のハンカチーフ」である。

▲1977年9月1日リリースの太田裕美「九月の雨」(作詞:松本隆)。筒美と松本隆、太田裕美の組み合わせによる代表作といえば、75年にリリースされ、筒美のシングル売上6位に記録される「木綿のハンカチーフ」(編曲は筒美と萩田光雄の共同による)であることに異論を唱える人はいないだろう。筒美は太田裕美の74年のデビュー曲「雨だれ」(作詞:松本隆、編曲:萩田光雄)をはじめ、「赤いハイヒール」「しあわせ未満」など数々の楽曲を提供しており、「九月の雨」もオリコンシングルチャート7位のヒット曲となった。

 
 あの詞を受け取った筒美京平が「長すぎて曲がつけられない」と難色を示したエピソードは有名だ。AメロBメロ、サビという普通の歌謡曲のような形に収まらない。しかも一曲の中に男性と女性両方の言葉が歌いこまれているというストーリーソング。でもデイレクターと連絡がつかずに仕方なく作って見たら自分でも思っていなかった新しいスタイルの曲になった。もし、携帯があったら生まれていなかった名曲として語られている。歌謡曲でもニューミュージックでもない新しいポップス。太田裕美は二人のそんな実験の場だった。

▲(左)1973年8月21日リリースの南沙織「色づく街」。南沙織には71年のデビュー曲「17才」から、作詞家の有馬三恵子と組んで「潮風のメロディ」「ともだち」「純潔」「哀愁のページ」「早春の港」「傷つく世代」「ひとかけらの純情」など多くの楽曲を提供している。有馬三恵子とのコンビ作も約100曲にのぼる。「色づく街」はオリコンシングルチャート4位を記録している。(右)1976年8月1日リリースの郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」(作詞:橋本淳)。郷ひろみにも日本レコード大賞新人賞受賞の72年のデビュー曲「男の子女の子」(作詞:岩谷時子)以来、岩谷時子とのコンビでは「裸のビーナス」「花とみつばち」など、安井かずみ作詞「よろしく哀愁」(編曲:森岡賢一郎)、橋本淳作詞「20才の微熱」など多くの楽曲を提供している。「あなたがいたから僕がいた」は、オリコンシングルチャート2位を記録し、日本レコード大賞新人賞以来賞に縁のなかった郷ひろみに日本レコード大賞・大衆賞をもたらした。



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