◇〈木鶏の精神〉と〈抑制の美〉
明治42年に国技館ができてからの相撲を、私は近代相撲と位置付けています。そして今日まで数多くの名力士が出ていますが、やはり双葉山を抜きにしては語れません。第35代横綱の双葉山は、昭和11年1月場所7日目から昭和14年1月場所の3日目まで69連勝を果たし、平幕から関脇、大関、横綱と一気に上り詰め、負けを知らない3年間を過ごしました。(注:小結は通過)
70連勝できなかったその夜、「我、未(いま)だ木鶏(もっけい)たり得ず」という電報を陽明学者の安岡正篤氏に送ったというのは有名な話です。「木鶏」は中国荘子の故事にあるもので、双葉山は「木鶏の精神」を座右の銘にしていました。しかし、昭和14年1月場所4日目、70連勝を前にして対戦した相手は前年盲腸の大手術をしていた安藝ノ海。敗れました。「どこからでも大丈夫」と心にスキがあった。双葉山にして慢心があったのです。
(注:中国荘子の故事にある「木鶏」について、最強の闘鶏とはと問われた時、他の闘鶏は鳴いて騒ぐが、まったく相手にせず、まるで木で彫った鶏のように惑わされることなく、泰然自若と鎮座していること)
私の相撲記者69年で、相撲を一言で語れと言われたら、「抑制の美」という言葉を当てますが、それはまさに双葉山の残した「我、未だ木鶏たり得ず」の言葉に凝縮されているのです。勝って奢らず負けて腐らず。木で彫った鶏の如く微動だにしない。これこそ大相撲とはスポーツ、されどただ単にスポーツにあらず、なのです。現代のスポーツは勝って誇らしげにガッツポーズをします、負けて顔をしかめ眉間に皺を寄せます、その感情を表に出さず抑制することこそ大相撲の美学なのです。
神の祀であると同時に、自らを常に省みて向き合う。謙虚な気持ちが大事であることを受け継いで欲しいと思いますし、それが、代々の横綱、代々の力士に受け継がれているからこそ、大相撲の奥の深さがあると思っています。したがって、勝ち負けだけを見るのではなく、勝ち負けの奥にある人間を見ることを自分に言い聞かせながら、私は69年間土俵を見続けてきました。