22.01.31 update

91歳の相撲記者・杉山邦博の秘蔵アルバム(中編)

◇「輪湖」の下に群雄割拠

「柏鵬時代」の人気を博しながら登場してきたのが、貴ノ花です。大鵬は昭和46年5月場所に貴ノ花に負けて引退しました。また世代交代がやってきたのです。第51代横綱の玉の海、52代の北の富士が受け継いで一つの時代を作るはずでした。しかし玉の海は、昭和46年9月場所後の大鵬の引退相撲の太刀持ちを務めた2日後入院し、10月11日帰らぬ人となってしまうのです。残念でした。北の富士が一人横綱として頑張り、猛牛と言われた琴櫻が横綱として後を追いました。

【第51代横綱・玉の海は、昭和41年11月場所、北の富士とともに横綱に昇進し、柏鵬時代が去った後の穴を埋める横綱として期待されていた。四股名を玉乃島から横綱玉の海に。昭和46年7月場所の地元名古屋での6回目の優勝が最後となった。同年夏ごろから盲腸炎を患い、9月場所12勝3敗という成績を残したが、その後入院し27歳の若さで帰らぬ人となる。後輩の面倒見もよく、特に貴ノ花に目をかけ徹底的に鍛えた。千秋楽の夜11時過ぎ、神宮外苑前をもくもくと走る姿を見た貴乃花は、翌朝から猛稽古に励んだという】

 日本大学出身の輪島は、昭和43年、44年と連続学生横綱の偉業をひっさげ花籠部屋に入門、頭はパンチパーマで、いきなり走り始めて周囲を驚かせました。阿佐ヶ谷で稽古に励み、人気の面でも「貴輪時代」と言われ、ファンの注目の的でした。忘れられない両者の対戦は、昭和47年9月場所の千秋楽、水入りの大熱戦です。結果は輪島が勝ち、翌場所両者は大関に昇進します。貴ノ花は50場所大関をつとめたが大関どまり。輪島は昭和48年横綱に昇進しました。


【第54代横綱・輪島は、〝黄金の左〟で世間を魅了した。まわし姿で青梅街道の歩道橋を何度も上り下りして足腰を鍛えた。名古屋場所では、名古屋観光ホテルを宿舎代わりにし、リンカーンに乗って場所入りしていた逸話がある。昭和56年3月場所2日目、関脇琴風に寄り切られ引退を決意。輪島がおじいちゃんと呼んでいた俳優の森繫久彌に深夜電話で引退を報告したところ、森繁から『ご苦労さんだったねえ』という労いの言葉をもらったという報告が杉山にあった。「まったく裏のない、憎めない、あのままの男でした」という杉山。写真は54年1月場所】

 北の湖は、昭和42年、中学一年生の冬、三保ケ関部屋に入門しましたが、師匠が「将来の横綱」と太鼓判を押した少年でした。中学に通いながら土俵を務め、昭和49年には大関3場所を経て21歳2カ月の史上最年少横綱となりました。輪島、北の湖の「輪湖時代」に合わせて、人気の大関貴ノ花時代が昭和40年代の後半から、50年代半ばで続きます。輪島は下半身もどっしりし、右からの攻めがあり、「黄金の左下手投げ」に北の湖は何度も苦渋を飲まされました。北の湖は、どちらかというとじっとしていられない性分で、自ら出て行って輪島に逆転の投げを食らったのですが、晩年はじっと我慢するようになって対戦成績も輪島の23勝21敗と拮抗し、大熱戦が何番もあります。

 負けた相手に手を差し伸べるしぐさも見せず引き揚げる北の湖は、憎らしいほど強い横綱と言われることもありました。まだ20歳そこそこの若者が、自分という悪童がいてそいつを倒すために挑戦してくるから相撲人気が出る、と意識していたのです。こうも言いました。

「差し伸べられた相手の気持ちを考えろ。敗れた相手の気持ちを考えろ。敗れた力士がどんな惨めな気持ちになっているか。道場で手を差し伸べることはすべきでない。惨めさをばねにし、強くなって向かってこい」と言いたい気持ちを秘めた土俵態度だったと、私は何度も聞かされました。胸の奥に秘めた優しさがあった力士だったのです。「抑制の美」とは勝ち名乗りを受けながらも、倒した相手を慮る「惻隠の情」が秘められているのです。

1 2 3

こちらの記事もどうぞ
映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.26
    〝映像だからこそ叶ったアングルが魅せる〟と石丸幹二...

    ウィーン・フィルの「第九」

  • 2024.12.26
    主演・菅田将暉&井上真央『サンセット・サンライズ』...

    1月17日(金)全国公開

  • 2024.12.26
    中山美穂が横浜ビルボードのライブコンサートで最後に...

    中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」

  • 2024.12.25
    第6回【東宝映画スタア☆パレード】植木 等 ─ も...

    文=高田雅彦

  • 2024.12.25
    【帯津良一・88歳のときめき健康法】アロマテラピー...

    文=帯津良一

  • 2024.12.24
    第20回【私を映画に連れてって!】中山美穂は『Lo...

    文=河井真也

  • 2024.12.23
    松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若...

    〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

  • 2024.12.19
    NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇...

    石橋正次「夜明けの停車場」

  • 2024.12.18
    坂本龍一が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧...

    音と時間をテーマにした展覧会

  • 2024.12.18
    新しい年の幕開けに「おめでたい」をモチーフにした作...

    年明けに縁起物の美を堪能する

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!