岩下志麻さんへ ─ 姫、と呼ばせていただきます。 文=下村一喜


What a beautiful life 美しいとき 2011年7月1日号より

「情念」という言葉に触れるとき、
そこに映画女優・岩下志麻さんの姿が浮かぶ。
『心中天網島』をはじめとする
岩下さんが演じた数々の女人像からのイメージかもしれない。
善悪を超越したところで、なんら迷いや揺らぎもなく
己の心に正直に、忠実に生きる女性たちの姿である。
その強い意志が、「岩下志麻」という女優の性根にも見えてくる。
その女優を四半世紀にわたり慕い続ける写真家の下村一喜さん。
そして下村さんもまた、岩下志麻さんの中に
この「情念」の部分を見ている一人なのである。

撮影=渞 忠之  撮影協力:ハイアット リージェンシー 東京


女優と写真家の
真剣勝負

 岩下志麻さんと最初にお会いしたのは化粧品の広告の撮影だった。既に日本を代表する〈大女優〉で〈最後の銀幕のスター〉などと形容されていることは周知であるし、絶世の美女で、長身でスタイルも良く、また演技も達者で、あらゆる国際的な賞にも貢献し、日本アカデミー賞の最初の最優秀主演女優賞受賞者であり、加えて国家からも紫綬褒章を贈られている。そういう方が目の前にいるのだ。もちろんスタジオ内にも緊張の空気が流れた。

 僕は志麻さんにお会いし撮影することをずっと夢見てきたので、まさに念願が叶った瞬間だった。ただし、夢だけでは撮影は終わらない。撮影は僕と被写体との〈勝負〉の時間である。その日、一枚たりとて志麻さんが納得しない写真は撮るまいと心に決めていた。絶世の美女でも被写体は〈まな板の上の鯉〉である。そして、美しければ美しいほど自分自身を疑っているものだ。写真家は、被写体のあらゆる疑問に説得力をもって答えられなければならない。キャリアや社会的地位を越えて、目線の高さを合わさなければ被写体は写真家を信頼しない。すなわち〈目〉が生きない。結果、最初の一枚目から、写真の中の志麻さんはどの姿も美しく、また、僕を面白く思ってくださったのか、その後も着物の写真集の撮影の御依頼をいただき、作品を一緒に創作する縁につながった。

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