文=白井 晃
2014年7月1日号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より
エキゾチックな美貌と耳に残る響きのいい声、ちょっと男っぽさを感じさせるクールな色気、そして、猫のような瞳の輝きとしなやかな姿態。「女優・江波杏子」は江波杏子そのものの存在力で、人々の記憶に刻まれ、日本の女優史に名を連ねる。
演出家であり俳優である白井 晃さんは、舞台を通して江波杏子さんとの共有時間をもったお一人。白井さんが江波さんと過ごしたオンとオフの時間にはそれぞれに表情を変える江波杏子さんが登場する。そして白井さんが語る「江波杏子」論には女優と演出家とのすてきな信頼関係がしたためられていた。
撮影:渞 忠之 撮影協力:サントリーラウンジ イーグル

そもそも私などが女優・江波杏子さんを語る資格があるとは到底思えない。十代後半に映画デビューし、それから半世紀以上。女優が現役として50年以上一線で活躍することがいかに大変で凄いことか。そのことを考えると、大女優の来歴とその評価にふれることすら憚れる。もし私が許されるとしたら、偉大な女優の経歴の中で、ほんの一瞬共有させて頂いた演劇の時間に触れることだけだ。
実は私が江波杏子という女優を大きく意識したのは、学生の頃に見たATG映画『津軽じょんがら節』だった。もちろん、それまでも「入ります!」の女賭博師・お銀さんの格好良さは知っていたし、あのクールな美しさに魅せられた男子の一人であったことはまちがいない。だが、それにも況して私が惹き付けられたのは、『津軽じょんがら節』の江波さんの姿だった。津軽の厳しい大自然の中にいても彼女の存在は異彩を放っていて、その時の印象が私の江波杏子像を決定づけてしまった。
その後、随分と時間を経るが、初めてご一緒させていただくことができたのは、私が演出するロルカ作の『血の婚礼』という2007年に上演された舞台だった。主人公と敵対する花嫁の姑を演じて頂き、アンダルシアの大地にしっかり根を張り生きる母親像を、強烈な存在感で示して頂いた。

江波さんは今でもその時の思い出として「江波杏子を泣かせた演出家は白井晃だけよ」と冗談のようによく言われる。甚だ恐縮ではあるのだが、確かに「江波杏子ともあろう大女優がそんなことでどうするんです!」というような物言いをしたことがあったのは事実だ。江波さんは、あの大きな眼をさらに大きく見開いて、「はい!」とだけ仰って一筋の涙を流された。しかし、それ以来強い信頼関係ができて、その後、泉鏡花の『天守物語』、今年の夏には再び『Lost Memory Theatre 』という作品にご出演いただくに至っている。