冒頭からたとえ話で恐縮だが、高倉健は軍服制服がよく似合う、と評された。そう、『鉄道員(ぽっぽや)』や『動乱』、『八甲田山』など制服、軍服、制帽の存在感が際立った。同じように、役所広司は前頭を剃り上げる月代(サカヤキ)のない鬘(ヅラ)がよく似合う。本作『峠 最後のサムライ』の河井継之助であり、『最後の忠臣蔵』の瀬尾孫左衛門である。もう一つ加えるなら「最後」という言葉が役所広司に付いて回るのは偶然か。俳優、役所広司の芝居に対する風貌姿勢、重ねて言えば「覚悟」につきまとっているのかもしれない。
待つこと3年、『峠 最後のサムライ』が6月17日いよいよ公開される。コロナ禍にせよ、再び三度延期を余儀なくされたが、折も折、ロシアのウクライナ侵攻の真っただ中である。国は違えども、幕末に日本中が二分されるなかで、和平のために武装中立を目指した人物こそ越後の小藩、長岡藩の家老、河井継之助(役所広司)である。
慶応3年(1867年)、大政奉還。260年余りに及んだ徳川幕府は終焉を迎え、諸藩は東軍と西軍に二分していく。慶応4年、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発。河井継之助は、東軍・西軍いずれにも属さない、武装中立を目指す。戦うことが当たり前となっていた武士の時代、民の暮らしを守るために、戦争を避けようとしたのだ。だが、和平を願って臨んだ談判は決裂。継之助は徳川譜代の大名として義を貫き、西軍と砲火を交えるという決断を下す。妻を愛し、国を想い、戦の無い世を願った継之助の、最後の戦いが描かれる。
原作は司馬遼太郎。累計発行部数398万部超の大ベストセラーとして今なお読まれ続けている名著「峠」である。世界的視野とリーダーシップで坂本龍馬と並び称され、敵対していた西郷隆盛や勝海舟さえもその死を惜しんだといわれる、知られざる英雄・河井継之助。「最後のサムライ」として正義を貫くその姿は、今に生きる私たちに何を語るのだろうか。役所広司は完成披露試写会でこう言った。
「やはりこの国を焼け野原にするような戦争は何があっても避けなければならないと思う。河井継之助の力をお借りして言います」と今起きていることを憂いながら平和を祈念する言葉だった。
司馬遼太郎は「あとがき」に言う。
「私はこの「峠」において、侍とはなにかということを考えてみたかった。
その典型を越後長岡藩の非門閥家老河井継之助にもとめたことは、
書き終えてからもまちがっていなかったとひそかに自負している。」
司馬遼󠄁太郎「峠」あとがきより。
『峠 最後のサムライ』
6月17日(金)公開
出演:役所広司
松たか子 香川京子 田中泯 永山絢斗 / 芳根京子 坂東龍汰 榎木孝明 渡辺大 AKIRA / 東出昌大 佐々木蔵之介 井川比佐志 山本學 吉岡秀隆 / 仲代達矢
監督・脚本:小泉堯史 音楽:加古隆 エンディング曲:「何処へ」石川さゆり(テイチクエンタテインメント)
原作:司馬遼太郎「峠」(新潮文庫刊)
配給:松竹、アスミック・エース