23.08.24 update

第4回 『私をスキーに連れてって』に続く『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』製作打ち明け話

 最も悩んだのは企画決定とタイトルだった。「スキー」「海」と来て3作目は「車」とか色んなアイテムを考えたが長編の映画にはならなかった。「ヤクルトが優勝した日」といったような企画も登場して、なかなか纏まらなかった。トレンディと呼ばれた時代も、企画真っ只中の1990年にはバブルも弾け、時代を切り取ることの難しさを感じていた。

 結局、時流に乗った〝トレンディ〟は諦め、過去話になっていく。原点はJ-WAVEの放送が始まった(1988年10月)ことにあったかもしれない。一度聴いたら忘れられない「81.3~J~wave」を元に、映画では「76.3~Kiwi Fm」となりオリジナルのジングルも作った。

▲『波の数だけ抱きしめて』の舞台となるミニFM局の周波数76.3のロゴが背中にプリントされたTシャツも作られている。この映画の企画が立てられた90年当時は、J-WAVE、BAY-FMなど都市FM局が若者たちの人気を呼んでいたが、映画で描かれる80年代初めには東京にはFMは2局しかなく、もちろんMTVもレンタル・レコード店もなかった。企画書のコンセプト欄には、<1980年代レトロ>、テーマ欄には<無償の創造行為の楽しさ、仲間・友情>とあった。

 とにかく公開日は前年に8月と決定しているので、遅くとも7月には完成していなくてはならない。正直、〝トレンディ映画〟として成功してきたので、過去の〝青春想い出映画〟への不安はあったが、締め切りも重要である。内容がドラマ的であるほど、監督の手腕も問われる。3部作と謳いながら『私スキ』の主演陣も居ない。
 タイトルも難しかった。ちょっと、ややこしいが『彼女が水着にきがえたら』の時も多くの案が出て、数十の中から数個に絞り、街でアンケートを取るのである。「潜らんかな」とか、幾つかのタイトル案のアンケート結果の1位は「波の数だけ抱きしめて」だった。ただ、『私をスキーに連れてって』の次のタイトルとしては相応しくないのではという若手の意見が多かった。「波の数」は「抱きしめられないだろう」とか……感覚的なものだが、3位ぐらいに「彼女が水着にきがえたら」があった。これは具体的に、タイトルから映像も想像出来る。根拠がありそうで無さそうな意見の中で『彼女が水着にきがえたら』に決定した。

▲雑誌「週刊ビッグコミック スピリッツ」の91年9月9日号では、巻頭カラーで‘91夏のホイチョイムービーはこう見ろ!!として、映画『波の数だけ抱きしめて』が、音楽、湘南、ファッションなどをテーマに紹介されている。非売品のDJバージョンのオリジナルCD、映画で使用されたサーフボード、Tシャツ、映画鑑賞券の読者プレゼントも実施されていた。

 当然3作目もタイトル候補を出し、街でアンケートを取った。不思議なことに2作目で1位だった「涙の数だけ抱きしめて」が再びトップになった。議論はあったが、あれから2年間1位ということは、観客の支持が高いことの証明で、このタイトルが、求められたベストである! という結論になった。ホイチョイのマーケティングと、当時視聴率1位だったフジテレビらしいジャッジである。オリジナル企画の場合、タイトルは自由に考えて決めることが出来る。ただ、絶対正解! というタイトルもないと言うことだろうと思う。
 撮影前に、色々ありながら「湘南」を舞台にした映画は、千葉の外房の千倉海岸などをメインにクランクインした。
 音楽(歌)のメインはユーミンに戻ったが、新曲を作ってもらうことはしなかった。そのかわり、ちょっと過去の懐かしさを感じるTOTO の「ロザーナ」やJ.D.サウザー、カラパナなど、3作目ならではのビーチコースト風のテイストを取り入れた。これは成功したのではと思う。 実は洋楽を取り入れるのは、契約も大変でスタッフは苦労した。洋楽だけのサントラ盤もSONY から出てヒットした。
 『波の数だけ抱きしめて』は3部作で最もヒットした。意外かも知れないが『私スキ』の2倍だ。興行的に最も危惧した企画が、一番当たった。
 その後、当然ではあるが、会社からは『私をスキーに連れてって2』をやってくれと強いリクエストもあったが、この3部作はこれで終わりにした。


かわい しんや
1981年慶應義塾大学法学部卒業後、フジテレビジョンに入社。『南極物語』で製作デスク。『チ・ン・ピ・ラ』などで製作補。1987年、『私をスキーに連れてって』でプロデューサーデビューし、ホイチョイムービー3部作をプロデュースする。1987年12月に邦画と洋画を交互に公開する劇場「シネスイッチ銀座」を設立する。『木村家の人びと』(1988)をスタートに7本の邦画の製作と『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)などの単館ヒット作を送り出す。また、自らの入院体験談を映画化した『病院へ行こう』(1990)『病は気から〜病院へ行こう2』(1992)を製作。岩井俊二監督の長編デビュー映画『Love Letter』(1995)から『スワロウテイル』(1996)などをプロデュースする。『リング』『らせん』(1998)などのメジャー作品から、カンヌ国際映画祭コンペティション監督賞を受賞したエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)、短編プロジェクトの『Jam Films』(2002)シリーズをはじめ、数多くの映画を手がける。他に、ベルリン映画祭カリガリ賞・国際批評家連盟賞を受賞した『愛のむきだし』(2009)、ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』(2009)、などがある。2002年より「函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞」の審査員。2012年「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」長編部門審査委員長、2018年より「AIYFF アジア国際青少年映画祭」(韓国・中国・日本)の審査員、芸術監督などを務めている。

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.09
    都会の喧騒に佇むゲストハウスに集う人々の心温まるヒ...

    応募〆切:11月5日(火)

  • 2024.10.09
    10月14日の「鉄道の日」をはさんで、海老名のロマ...

    10月9日(水)~11月18日(月)

  • 2024.10.09
    女優・高峰秀子生誕100年、ウェディングドレス姿が...

    10月5日(土)~1月13日(月・祝)

  • 2024.10.08
    釈放当日─世紀の瞬間の舞台裏を撮った、1台のカメラ...

    応募〆切:10月20日(日)

  • 2024.10.08
    東京ステーションギャラリー「テレンス・コンラン モ...

    応募〆切: 10月31日(木)

  • 2024.10.08
    秋バラが間もなく見ごろを迎える「谷津バラ園」 谷...

    京成電車下町さんぽ「谷津」

  • 2024.10.07
    「世界の持続可能な観光地TOP 100選」第1位の...

    箱根彩彩

  • 2024.10.03
    令和の今もコーラスで親しまれるH2Oが昭和58年リ...

    H2O「想い出がいっぱい」

  • 2024.10.02
    松田優作唯一のドキュメンタリー映画『SOUL RE...

    文=河井真也

  • 2024.10.02
    箱根は車いすの方にも優しい観光地です

    佐藤正毅「箱根DMO」戦略推進部マネージャー

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!