詞は高校の授業中に20分で完成。ガロに歌ってもらう想定で作った。小坂が初めて買ったガロのシングル「美しすぎて」をイメージしたお洒落な曲だったが、サビにパンチがないと気づき、もう一度作り直したのが「あなた」だった。
ポプコンには家族に内緒で応募した。ヤマハ所属の女子二人と小坂が一番下のパートを歌って京都予選を通過した。決勝大会では、予選で歌った二人のスケジュールが合わず、なかなか歌い手が決まらない。「自分で歌う」意思を父に伝えると大反対されたが、それがかえって小坂の決意を固めたのだった。
ポプコンは、ヤマハ音楽振興会の主催で、1969年から86年まで行われた。大会の模様は、フジテレビで編集版がオンエアされたが、ラジオでもニッポン放送等々でも放送されていた。グランプリ優勝者に自動的にレコードデビューが約束されていた。第5回まではプロを対象にしたコンテストで、6回からはアマチュア向けの登竜門として開催された。ポプコンからデビューした代表的な歌手に、NSP(73)、谷山浩子、八神純子(74)、渡辺真知子、中島みゆき、因幡晃(75)、世良公則&ツイスト(77)、佐野元春、長渕剛、円広志(78)、チャゲ&飛鳥、クリスタルキング(79)、杉山清貴&オメガトライブ、雅夢(80)、あみん(82)、辛島美登里(83)など錚々たるメンバーだ。
グランプリ大会で優勝した後は環境が激変した。学校が午後3時に終わると、校門で待っているマネージャーと新幹線で東京へ行き、20時の歌番組に出て、22時過ぎの大阪行きの夜行で朝7時着。ホテルで朝食をとって、そこから学校へ通う。週末は東京で一日10本以上の取材を受ける。その中で言われるのは、「あなた」のような新曲をというものが多かった。テレビを中心とした仕事は小坂本人にとって苦手だった。「後世に残るような曲を書きたい」と周りの大人に言っても、「私たちが求めているのは売れる曲だ、また200万枚売れる曲を作ってくれ」と言われるだけだったという。
当時は、「花の中三トリオ」などかわいいアイドルが全盛の時代だった。小坂のように16歳でアーティストのような形でデビューするのは異例だった。「ニューミュージック」の井上陽水、ユーミン、五輪真弓などもいたが、小坂のデビューは少し早すぎた。彼らはテレビに出ず、自分の世界観、スタイルで作品を作っていた。小坂は「歌謡曲」にカテゴライズされて目指すものとは異なる方向に向けられてしまったのだろう、東京での3年半の生活に終止符を打ち、自分を見つめなおし再出発する。
アルバム『Again』(83)では、作曲家としての色を出し始めた。歌いたい曲を最大限に表現できるよう、ダイエットにも励んだ。ダイエットの成果が出てきた頃「コバルト色の天使」をリリースすると、スポーツ新聞の注目されるタイトルで取材攻勢が始まったという。微笑ましいエピソードだ。
現在テレビでは見かけなくなった小坂だが、アニメやゲーム、CMなどの楽曲を中心に手掛け、劇場版「美少女戦士セーラームーン」では、音楽監督を担当している。「あなた」は2021年12月21日、発表48周年記念として、世界に初配信が開始された。それ以前にも、ちあきなおみ、岩崎宏美、徳永英明、宮本浩次ら多くのアーティストにカバーされ、今なおスタンダードナンバーとして親しまれている。
文=黒澤百々子 イラスト:山﨑杉夫
参考:『歌はいきなり上手くなります! 小坂明子の美味しいヴォーカル・メソッド』