~あの夏の日、みんなは二人の影には愛が見えると言ったけれど、今は貴方に似た人を見かけて思わず振り向いても、もう愛は見えません。二十歳のときにくれたお祝いの金の指輪は、今も私の指に光っているし、黄色いペアのティーカップは思い出が刻まれているわ。間もなく秋になっていちだんと淋しくなるけど、時折手紙を書くから読んでくださいね。涙で文字が滲んでしまうかも知れない、私の悲しみを、わかって下さい~
奇妙なことだが、この詩からは若い女性が涙ながらにペンを持つ姿が浮かぶはずが、当時ドーナツ盤のレコードを買っていったのは、男馴れした水商売や不倫を経験した人が多かったという分析が話題になった。青春の一コマのような淡い恋の歌が、ドロドロした大人の恋愛が生む憎悪の感情を清らかにしてしまう効果があったのか、と、これは蛇足ではある。
因みに、1977年ちあきなおみ/アルバム「ルージュ」収録、1979年西城秀樹/ライブアルバム「永遠の愛7章/西城秀樹」収録、1991年都はるみ/アルバム「新しき装い」収録、2008年中森明菜/アルバム「フォーク・ソング〜歌姫抒情歌」収録、2013年秋元順子/アルバム『Dear Songs ~夢をつないで~』収録、2013年島津亜矢/アルバム『SINGER 2』収録、2016年吉幾三/アルバム『あの頃の青春を詩う vol.3』収録。その歌唱力においてトップクラスの実力派歌手たちにカバーされてきた。それはまぎれもなく大人が歌う名曲の証といっていいだろう。
新橋のカラオケバーのママは、3つか4つ若くてしゃきっとした美人だった。てきぱきとした客裁きが見事で、毎夜常連客が引きも切らない繁盛店を切り盛りしていた。多くの男たちは愛想のいいママ目当てに通っていたはずだが、実は、筆者もママへの恋慕の思い抗しがたく夜な夜なひとり止まり木に通いマイクが回ってくるのを待って、わかって下さい、とママに寄せる恋心を絶唱したのだった。ある夜のこと、ママは不在で若いホステスたちが所在なげにしている。「ママは?」「……」ひとりは黙った。「もうすぐ来るわよ」と別のホステス。心なし、客も少なく淋しい夜だった。奥から、この店のナンバー2がボクの顔を見るなり言った。「村さんなら知っていると思った、ママはもうここのママじゃないのよ」「えっ?!」「今日から新宿よ、スカウトされたのよ、この店をおいて行っちゃった」
ボクは二の句を告げられなかった。しばらく沈黙がつづいていたが、ナンバー2が「村さん、歌うでしょ?」と誘った。すでにパイプオルガンのイントロが聴こえていた。あの夏の日と共に、と歌いながら頬に熱いものが伝わった。最後のサビ、~わかって下さい~~~!とリフレインを絶唱したとき、店の女子の誰かが面白半分に野次った。「わかりました~~~!」、そして「ママに言っとくから」とゲラゲラと笑う声が刺さった。それ以来、ボクは「わかって下さい」を歌わなくなった、というより歌えなくなったのである。そして二度とその店に行かなくなった。
文:村澤 次郎 イラスト:山﨑杉夫