歌詞を見ればわかるが、「さらばシベリア鉄道」は、やはり松本隆が作詞を手がけ、太田裕美の大ヒット曲となった「木綿のハンカチーフ」同様、「あなた」「君・僕」と、歌詞の構成が女と男の交互掛け合いになっている。太田裕美バージョンとは微妙にメロディが違ったり、メロディへの歌詞の載せ方、区切り方が違ったりしている。いずれにせよ、印象的なイントロで始まり、間奏では心地良くリズミカルなテンポから、ドラマティックで壮大なメロディへと盛り上がり聴く者をシベリアの白い平原へといざなってくれる。転調をはさんで大滝の歌声が流れ出す。そして、最後のギター・ソロで聴かせフェイドアウトしていく。
大滝詠一はまた、多くの歌手にも楽曲を提供している。松本隆の作詞で、多羅尾伴内名義で作・編曲を手がけた松田聖子の「風立ちぬ」。同じく松本隆が作詞を手がけ、前田憲男による編曲で、森進一の新たな魅力を生み出した「冬のリヴィエラ」。映画主題歌であり、メガホンをとったイラストレーターの和田誠が作詞をし、服部克久と共同で編曲にあたった小泉今日子の「快盗ルビイ」。やはり同名の映画主題歌で、松本隆が作詞を、井上鑑が編曲を手がけた薬師丸ひろ子の「探偵物語」。そして阿久悠作詞で、作・編曲を手がけ、ストリングスアレンジに前田憲男を迎えた「熱き心に」は、小林旭のハイトーン・ボイスにふさわしい北の空に響きわたるような雄大な楽曲で、歌手・小林旭の名を若い世代にも知らしめた。
まだまだある。作詞・作曲・編曲を手がけ、コーラスとストリングスアレンジに山下達郎を起用した「夢で逢えたら」は、シリア・ポールや吉田美奈子が歌い、薬師丸ひろ子、鈴木雅之ら多くの歌手にカバーされている。そして、さくらももこの依頼により手がけたテレビアニメーション「ちびまる子ちゃん」の主題歌「うれしい予感」は、渡辺満里奈が歌い、子供たちも口ずさんだ曲だった。さらに、「ポップス・ソングの革命とも言えるクレージー・ソングは、ビートルズの業績にも匹敵する」と、ハナ肇とクレージーキャッツの大ファンを公言していた大滝は、クレージーの新曲として「実年行進曲」の作・編曲を手がけたり(作詞は青島幸男)、アルバム『クレイジーキャッツ スーパー デラックス』の監修も務めている。92年頃だったか、WOWOWのプログラムガイド誌の編集に携わっていたとき、植木等の映画の特集が組まれ、植木等とクレージー映画の魅力について、大滝詠一に原稿を書いてもらったことがあった。僕と大滝詠一の唯一の接点である。貴重な体験だった。大滝は、落語や相撲、野球などにも造詣が深いことで知られているが、日本映画研究にも勤しみ、特に成瀬巳喜男の映画に関しては、ロケ地巡りにより独自の成瀬巳喜男映画研究をしていた。
現在の日本のミュージック・シーンに対して、僕は「雪に迷うトナカイ」の心境である。できることなら、大滝詠一の音楽を「いついついつまでも待っている」と、「十二月の旅人」に伝えてほしいものである。そして、何度も繰り返しプレーヤーを回し「さらばシベリア鉄道」を夜通し聴くのである。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫