この歌を伸びのある歌唱力で、感傷に浸ることなく高らかに歌いあげた、ボーイッシュで純真無垢なイメージの伊藤咲子の歌に、亀和田氏が論ずるような「なんの救いもない、残酷な初恋」をぼくが感じないのは、〝非現実的〟にあったのかと、そのとき合点がいった。ラスト「オ・ト・メのワ・ル・ツーー」と余韻たっぷりに聴かせるこの歌をカラオケで歌うとなぜか気持ちがよかった。〝乙女〟という言葉さえ、現実の世界にはない〝幻〟だったのである。
大竹しのぶは、2014年12月発売のコラボレーション・カバーアルバム『歌心 恋心』で、THE BLUE HEARTSやザ・クロマニヨンズなどでボーカルを務めた甲本ヒロトとデュエットしている。大竹しのぶの歌心をくすぐる曲であったのだなぁ、と妙に納得した。また、守屋浩「僕は泣いちっち」、布施明「これが青春だ」、伊東ゆかり「小指の想い出」など昭和歌謡曲12曲を題材にした2007年公開の短編オムニバス映画『歌謡曲だよ、人生は』の第8話で、宮島竜治監督、ザ・ゴールデン・カップスのドラムス、ボーカルのマモル・マヌー主演で映像化されている。「乙女のワルツ」は第1回日本テレビ音楽祭でデビュー2年目で将来を期待される歌手に贈られる金の鳩賞、日本歌謡大賞放送音楽賞などを受賞している。
76年3月には7枚目のシングルとなる「きみ可愛いね」をリリースし、オリコン週間チャート9位のヒット曲となり、NHK紅白歌合戦に初出場を果たした。同年の初出場組には、太田裕美、研ナオコ、二葉百合子、新沼謙治、あおい輝彦、田中星児がいる。「きみ可愛いね」は、「乙女のワルツ」同様コーラスから始まるナンバーで、紅白のステージでは、岩崎宏美、太田裕美、キャンディーズ、森昌子がコーラスを務め初出場の伊藤咲子を応援している。
伊藤咲子は、現在もコンサート活動を続けており全国各地を回っている。その伸びやかな歌唱は衰えていない。「乙女のワルツ」は、阿久悠の企画力と作詞術のすばらしさと伊藤咲子の歌唱力によって、今も多くの人々の心を濡らす曲であり続けている。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫