25.05.22 update

ベテラン歌手・朝丘雪路がCBS・ソニー移籍後の第一弾が起死回生の大ヒットとなった「雨がやんだら」は天然キャラに似合っていた?!

 さて、朝丘雪路は沢たまきより二つ上の1935年(昭和10)生まれ、芸者出身で築地の料亭の女将であり芸事に長けた母と日本画家の伊東深水の非嫡出子だった。3歳で日本舞踊を習い、宝塚歌劇団を経て19歳で松竹入り。1955年、『ジャズ娘乾杯!』(宝塚映画)で早々に映画デビュー。この作品を紐解くと、監督・井上梅次、伴淳三郎、寿美花代、朝丘、雪村いづみ、ペギー葉山、江利チエミ、フランキー堺といった出演陣で、昭和30年にしては白黒ながら本格的な音楽映画として紹介されている。宝塚音楽学校で鍛えられた実力はデビュー早々に発揮されたのだった。歌手デビューは、前述の通り1957年のNHK紅白歌合戦に出場しているが、レコードデビューとしての記録は、東芝音楽工業から1958年(昭和33)のテレビ塔(東京タワーという命名は後のこと)の完成を控えて、山下敬二郎とデュエットした「テレビ塔音頭」。当時は東京芝浦電機の音楽事業部から「東芝レコード」として発売され、B面には「テレビ塔の見える道」(大江洋一・歌唱)が収録されている。世を上げて高さ333mの東京タワーの出現が注目されていた時代の朝丘雪路のレコードデビューである。しかし東芝からのヒット曲は「道頓堀行進曲」も知られるが、大きなヒットはなかった。

 作詞のなかにし礼にとってはお得意の男女の別れをテーマにしている。

…〝雨がやんだら〟悲しい別れの時が来るのね、雨がやんだら、誰に逢いに行くの? 二人の思い出を水に流して、冷たい靴音を私の耳に残して、出て行くのね、雨がやんだら、あなたが作ったインクの染みを、花瓶をづらして隠してしまうわ…

 と、長く付き合った男がつれなく出て行く、大人の男女の切ない別離のシーンを描いている。字面からは何とも女の未練たっぷりの詞で、それでもなぜか、朝丘の歌唱からフラれた女の悲しみがあまり伝わって来ない。今は悲しい涙にくれるけれど、追いかけてすがり付くような女に堕してはいない。毅然として男が出て行った後、南の窓にブルーのカーテンを閉める、どこかさばさばした曲想に感じる。ポップスのテンポにも依るのだろうか。

 実は、これには朝丘雪路という類まれな乳母日傘の育ちからくるキャラクターに由来しているとボクは思っている。妾腹の子とはいえイジけたところがない。おっとりとした根っからのお嬢様として、上げ膳据え膳の暮らしが身についていた。東京市京橋(築地)の生家から銀座の泰明小学校まで1㎞あるかないかの距離の登下校を人力車で送迎されていたという。父の伊東深水の溺愛ぶりには驚かされるが、雨が降っても傘の開閉をさせなかったのは、指の怪我を案じたからだ。中学生になって気まぐれでたった一人で通学してみたが迷子になって大騒ぎ。電車で移動することも切符を買う方法すら知らなかった。こうしたエピソードの多くは雑誌のインタビューやテレビ出演の際にご本人が語っているが、お嬢様育ちにも程がある。とにかく自分で金を払って買い物をしたことがない。結婚後、買い物の支払いはすべて1万円で、釣銭の千円札や硬貨は使わずに抽斗に放りっぱなし、夫の津川雅彦が抽斗から溢れ出るほどの小銭の山に唖然とした。デパートの屋上で幼い娘の真由子がジュースを所望すると、自動販売機に向かって、「朝丘です。あ・さ・お・か・です」と呼びかけた。自販機を使ったことがない朝丘は名乗れば商品が出てくるものと思い込んでいた。真由子は、「お金を入れないと買えないよ」と母親を諭したという。

 ことほど左様に、朝丘雪路が語られるとき浮世離れしたエピソードが山となる。テレビのバラエティー番組に引っ張りだこになったのは、朝丘自身真面目に語っているにも関わらず、一般人にとっては常識外れな天然発言が人気を博していたからだった。

 芸名・朝丘雪路とは、「冬の朝、丘の上に降り積もった雪で真っ白くなっているが、その路を美しく歩く女優になってほしい」が由来で、父の深水と友人の役者、花柳章太郎、阪急東宝グループの総帥、小林一三らが寄って名付けた。終生、誰にも踏まれない真っ白い心のままだからこそ、天然キャラクターたりえたとは言えまいか。

 50歳にして日本舞踊の新しい流派「深水流」を興して家元になり、宝塚歌劇団100周年記念のプロジェクトで2014年に創立された『宝塚歌劇の殿堂』の最初の100人の一人として殿堂入りを果たした。長年の芸能活動に対して、文化庁芸術祭賞優秀賞受賞(1981年)、芸術選奨文部科学大臣賞受賞(2003年)、旭日小授賞受賞(2011年)。お嬢様のまま、昭和平成の芸能界、歌謡界を渡り切った朝丘雪路の最期を看取った夫・津川雅彦は「死因はない」と語った。診断書の「認知症」とは「天然のまま」と解していいのだろうか。2018年4月27日逝去、享年82。

文=村澤 次郎 イラスト=山﨑 杉夫

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