20.12.27 update

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

ポートレートに見る写真家秋山の人間探求

 秋山庄太郎は喜劇俳優の素顔にも関心を持った。「個人的な印象だが、喜劇俳優は下積みの長い人も多かろう。人生の屈折も体験していよう。素顔にはそれが現れる。実にいい顔なのである」。

 藤山寛美は、額に汗しながら、「なんの因果か、役者してても、撮られることが気になる。照れくさい」。撮られ慣れしているはずの役者が困っている。「それじゃ、照れくさい顔しててください」。ようやく撮影した顔は、舞台の顔、演技の顔とも違っていた。

 年輪の弧は大きく描かれ、50歳を過ぎて文士や画家の連載が始まった。しかし、年を追うごとに、第二の青春を共に歩んだ人がひとり、またひとりと先立っていく。晩年、秋山庄太郎はライフワーク「花」を中心に据え、「人生劇場の最終幕を花の作品群で飾り立て、心おきなく舞台に深い溶暗の刻が訪れてくれれば」と語った。2003年1月16日、銀座の写真賞審査会場で、生涯愛した写真に囲まれて急逝する。

 同年、信州の林道にコブシが咲く時節、誰も訪れなくなって久しい浅間山麓の秋山庄太郎の別荘で遺品を整理していた家族が、「独居如接客」(ひとりおることきゃくにせっするがごとく)、「接客如独居」(きゃくにせっすることひとりおるがごとし)と揮毫(きごう)された木札を見つけた。

榎本健一(不詳)

「エノケン」の愛称で親しまれ、〝日本の喜劇王〟と言われたコメディアン。おそらく楽屋で撮影されたものと思われるポートレート。舞台俳優や喜劇俳優、女優らをとらえた秋山庄太郎の作品には、メーク中のもの、台本を見ているものなど楽屋で撮影した写真も少なくない。打ち合わせや会話に集中しているシーンをとらえた秋山のショットは、海外の街角のスナップなどに見られるが、喜劇俳優をこのようなシーンで撮影したものはあまり類例がない。エノケンの「見る人」を考えての表情のポートレートはよくあっても、几帳面そうな表情で誰かと会話を交わしているものをとらえた写真は珍しい。絵画的な構図と雰囲気が漂っており、秋山は「カメラの存在を忘れている一瞬」をねらったものだろう。
藤山寛美
(1981年)秋山庄太郎スタジオ
 
「わたしのスタジオでの撮影時、「虚心坦懐(きょしんたんかい)になれまへんのや」とか「どうすればいいんでしょうか」などと、おでこいっぱいに汗をかきながら、何度も言われたことが印象的でした。(当時)煙草は気持ちをほぐしたり、自然な表情に効果があって、愛煙家には喫煙してもらうことを可としました」「藤山さんの撮影で「喜劇俳優」というテーマはかなりの手応えを感じたので、もう少し撮り続ければよかったかもしれませんね(晩年の談話)」(秋山)

 秋山庄太郎の座右の銘である。「写真を撮る時も、相手が大スターだということで、至極丁寧になったり、媚(こ)びたりせず、無名の人や子供だからといって尊大な態度になったりすることもない、そのような気持ちを持っていなければならないということを学ぶのである」。

 2020年、秋山庄太郎生誕100年。撮影舞台の一つ俳優座は76年、秋山庄太郎が親しくレンズを向け、同養成所第1期生で劇団の中心的女優・岩崎加根子が代表をつとめている。「人の生き方を考え、一念を貫き、熱き心を持って『共同芸術』に絶えざる精進をおしまぬこと」。若き日に演劇への思いを秋山庄太郎や仲間と語らった女優の、コロナ禍での言である。秋山庄太郎が魅せられた「舞台」に生きる人の志は変わらない。

 作家・高見順の一文をご紹介しておこう。 「ポートレートはカメラによる人の表現でありモデルを通しての写真作家の人間解釈である。秋山さんは解釈をあらかじめ用意するのでなく、表現を対象からつかんでいる。そこに秋山さんの人間探究がある」。

フランキー堺(1981年)秋山庄太郎スタジオ

川島雄三監督『幕末太陽傳』や『駅前シリーズ』などでコメディアンぶりを発揮しながらも、ほがらかなようでいて、どこかペーソスが漂っている。主演したドラマ「私は貝になりたい」は、テレビ創成期を代表する名作として、テレビドラマ史に刻まれている。明るい役柄がお似合いだと思われていたフランキー堺が、戦争の重荷を背負う悲哀あふれる主人公を好演。マルチに活躍できるタレントがテレビに求められていた時代、フランキーはその申し子のような存在だった。喜劇をはじめさまざまな役柄を器用にこなし、その人柄も愛された。ミュージシャン(ドラマー)としても活躍。秋山庄太郎はジャズやラテン系音楽を好み、舞台や映画などで独特の持ち味を発揮するフランキー堺という存在に、自分と重なり合うところを感じていたかもしれない。
財津一郎(1981年)秋山庄太郎スタジオ

1960年代の公開バラエティ時代劇「てなもんや三度笠」にレギュラー出演し「~してチョウダイ!」「非常にキビシ~ッ!」などのギャグで一世を風靡し、現在もテレビコマーシャルでそのフレーズが使われている。作品の黒い背景は秋山庄太郎のポートレート撮影によく用いられるもので、黒いビロードが使われている。秋山によれば、黒い背景は被写体の表情や長所を際立たせる効果があるという。「黒バックの秋山」の異名もある。財津の十八番の台詞がいつ登場するのか……観る人はそれを注視している。ちょっぴりキザでダンディな財津は、期待感を背負って最高のタイミングでその引き出しをソプラノのキーで開ける。エノケンの養成所で鍛えたパントマイムふうのいで立ちが似合う役者だろう。蜷川幸雄演出の舞台にも『にごり江』『三文オペラ』『恐怖時代』など多数出演している。

参考図書
尾崎宏次『現代俳優論』(白水社、1957年)、秋山庄太郎『新劇への夢』(『カメラ毎日』1958年3月号、所収)、秋山庄太郎『おんな・おとこ・ヨーロッパ』(文藝春秋新社、1961年)、秋山庄太郎『裸のレンズ』(内田老鶴圃、1961年)、秋山庄太郎『蝸牛の軌跡』(日本カメラ社、1974年)、秋山庄太郎『役者の顔』(『日本カメラ』1974年3月号、所収)、秋山庄太郎『独居如接客 接客如独居』 (『PHP』編集部編『心を豊かにする100の言葉』PHP研究所、2014年、所収)、『昭和写真・全仕事series1/秋山庄太郎』(朝日新聞社、1982年)、秋山庄太郎『日々是好日』(日本写真企画、1984年)、藍野純治(他)『仲代達矢役者40年』(仕事、1991年)、秋山庄太郎『和洋花譜365日』(婦人画報社、1994年)、秋山庄太郎『私の履歴書』(『日本経済新聞』1993年6月1日~29日、連載)、秋山庄太郎『カメラひとつで飛び出して』(文藝春秋、1995年)、芦田伸介『歩いて走ってとまるとき』(勁文社、1996年)、秋山庄太郎『男の年輪』(秋山庄太郎自選集3、小学館、1999年)、秋山庄太郎『麗しの銀幕スタア』(小学館、2000年)、『美の追憶』(秋山庄太郎事務所、2005年)、『秋山庄太郎 花と女優』(名作写真館25巻、小学館、2006年)、山田一廣『冬の薔薇―写真家秋山庄太郎とその時代』(神奈川新聞社、2006年)、上野正人『美しきものをより美しく―秋山庄太郎』(『花美術館』第28号、2012年、所収)、秋山庄太郎写真芸術館編『写真家秋山庄太郎』(学研パブリッシング、2012年)、黒鉄ヒロシ『色いろ花骨牌』(小学館、2017年)、『美しきをより美しく―秋山庄太郎展』(佐倉市立美術館、2019年)
※上記のほか、新聞各紙・雑誌各誌及び各種WEBページ等を参照させていただきました。※秋山庄太郎の発言等の箇所は主に生前の本人談話をもとに記述。また引用の出典は割愛しました。また、人物の敬称は略させていただきました。

うえのまさと

キュレーター。1954年東京都大田区生まれ。法政大学法学部法律学科卒業、同博物館学芸員課程修了。出版社勤務を経て、フリー。「サライ」「歴史群像シリーズ」などで企画・編集・執筆、企業広報誌の編集長をつとめる。美術館学芸員を経て、秋山庄太郎写真芸術館館長。編著に『科学からのメッセージ/カラーフィルム』『秋山庄太郎/美の追憶』『写真家秋山庄太郎』など多数。写真による福祉支援も目的とした「秋山庄太郎『花』写真コンテスト」を岳父秋山庄太郎と創設、「秋山庄太郎記念米沢市写真文化賞」などの審査、災害被災者支援、花や風景の撮影活動や写真文化活動支援、児童から高齢者まで対象に写真をたのしむ「ワークショップ」などに取り組んでいる。日本写真協会、全日本博物館学会、秋山庄太郎写真芸術協会、東京町田ペンクラブ会員。

*本誌写真掲載にあたり、ご快諾、ご協力くださいました皆様に厚く御礼申し上げます。尚、ご連絡がとりにくい方々におかれましては、その旨本誌編集部までご一報いただけますと幸いです。

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