22.09.29 update

自然であるということ─私からみた岸惠子の魅力

その人の美しさを規定するのは挙措動止の端正さ


 しかし、目(ま)の当りにした岸さんを、一言(いちごん)以て之を蔽(おお)うならば、日く「自然な人」というに尽きるだろうか。
 岸さんが実際の年齢にはとても感じられない若々しさなのも、それが若く作っているというのでは断じてなくて、それどころか、どこにも作り事がなく、等身大の岸惠子としてすっと立っている、それゆえに若々しいのだと思うのである。不自然な「若作り」の人と対極にある人、それが岸惠子である。


 美しいということは、実は外見の問題ではない。もちろん外見だって美しいのだけれど、それより大切なのはいわゆる挙措動止(きょしどうさ)の端正さであろうか。これが実は、ほとんど決定的にその人の美しさを規定する。おそらく厳格な上流の家庭に育たれた、その「育ち」が、こういう佇まいを決定するのだろう。その後、イヴ・シアンピに乞われてフランスに渡り、かの地の上流社会、文化の香のなかで磨かれたことは、ある程度あるとしても、それが決定したことではあるまいと私は考える。もともと、岸さんはこうであったのだ。だからこそシアンピほどの男が心を動かされたのではなかったか。
 岸さんははっきりと物を言う人である。あれは良い、これは良くない。そのところに嘘も隠しもないという人である。おそらくは、その心のなかで物事に対する好悪(こうお)の念がはっきりとしているのであろう。こういうことを言うのは、まことにおこがましい限りだけれど、私自身も、好き嫌いがはっきりしていて、それをあまりにも明確に表明しすぎると、若い頃にはよく注意されたものだった。そのことは、イギリスの個人主義に学んだものでもなんでもなく、要するに生まれつきそうだったとしか言いようがない。岸さんも、この玲瓏(れいろう)たる個人主義、名誉ある孤立とでも評したいような、きわだった「個」のありようは、たぶん生れつきで、だからこそ12 歳で大人の制止を振り切って防空壕から脱出したのであろうし、それがたぶん彼女をして能(よ)くフランス的文化風土のなかに己を融和せしめた所以(ゆえん)であろうかと思われる。
 そしてじっさい、こういう風に、炳焉(へいえん)たる個を持ちながら、婀娜(あだ)とたおやかな花を持った人というのは、遺憾ながら、限りなくゼロに近い数しかこの世には存在しないのである。

お互いにその存在は知りながらも、岸惠子さんと林望さんは今回の撮影が初対面。「僕が岸惠子論を書くなんておこがましい」と、恐縮することしきりの林さんだったが、古典文学の話や映画の話などが、イギリス流のウイットとフランス流のエスプリにくるまれて交わされ、お二人の間にはすばらしく豊かな時間が流れていた。
撮影協力:グランドプリンスホテル赤坂 撮影:神ノ川智早

きしけいこ
女優、文筆家。横浜市生まれ。1951年中村登監督作品『我が家は楽し』で映画デビュー以来、女優として映画やテレビの数多くの作品に出演。また数こそ少ないが、パリで踏んだジャン・コクトー演出『影絵一濡れ衣の妻』、市川崑演出『情婦二なとの舞台作品もある。映画『ハワイの夜』『君の名は』『女の園』『ここに泉あり』 『忘れえぬ慕情』『雪国』『おとうと』『黒い十人の女』『怪談』「約束』『男はつらいよ 私の寅さん』『化石』『悪魔の手毬唄』『細雪』『かあちゃん』『たそがれ清兵衛』、テレビ下ラマ「太閤記」「赤い疑惑」「沿線地図」「修羅の旅して」「幸福」「水の女」「向田邦子終戦特別企画 いつか見た青い空」「碧空のタンゴ~東京下町、ある職人一家の終戦~」「こころ」「ワルシャワの秋」「大女優殺人事件」「恋せども、愛せども」「東京大空襲」、テレビドキュメンタリー「ナイル6,700キロ、最初の一滴を求めて」「イスラエル」「エーゲ海の風に吹かれて岸惠子輝きのギリシャ旅行」など゛多数の出演作がある。最新作は映画『スノープリンス禁じられた恋のメロディ』。また『巴里の空はあかね雲』(文芸大賞エッセイ賞)、『ベラルーシの林檎』(日本エッセイスト・クラブ賞)、『砂の界へ』『30年の物語』小説『風が見ていた』、エッセイ集『私の人生ア・ラ・カルト』、フォト・エッセイ集『私のパリ私のフランス』、フランス語翻訳絵本『パリのおばあさんの物語』などの著書がある。


はやしのぞむ
作家・書誌学者。1949年東京生まれ。慶應義塾大学卒、同太学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。専門は日本書誌学・国文学。『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』で国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』で講談社エッセイ賞を受賞。学術論文、エッセイ、小説の他、歌曲の詩作、能、自動車、古典文学等幅広く執筆し著書多数。また田代和久氏らに師事して声楽を学び、バリトン歌手としても活動。最新刊は『リンボウ先生のうふふ枕草子』(祥伝社)、『節約の王道』(日経プレミアシリーズ)、『夕顔の恋』(朝日出版社)。『謹訳源氏物語』(全10巻、祥伝社)。

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