23.08.07 update

第12回 チケットを売るのではない、映画を売るのだ

 東映と言えば、時代劇映画と言われた時代があった。昭和30年代を中心に、片岡千恵蔵、市川右太衛門、大川橋蔵、中村錦之助(後に萬屋錦之介)らの主演による娯楽時代劇は、常に大入りで、東映の黄金時代を築き上げた。正月映画として東映時代劇スター総出演による〝忠臣蔵〟映画や、清水次郎長や吉良仁吉らが活躍する〝任俠時代劇〟映画は、常に大入り満員だった。だが、その時代劇映画を衰退させたのも、東映に責任の一端があると思う。 
 東映の時代劇は、日舞のようなきらびやかで、艶やかな殺陣で観客を魅了していたが、そのうち、対東映のアンチテーゼの時代劇として豪快でリアリズムの殺陣で魅せる東宝の黒澤明監督、三船敏郎主演の『用心棒』のような映画が出てきた。
 かつての東映時代劇も人気に陰りが見え、邦画全体の勢いも次第になくなってきていたが、東映には生産能力があったから、任俠映画路線に切り替えていった。だが、スタッフはみんな時代劇映画で育った者ばかりだった。プログラムピクチャー時代を支えた撮影所には1週間に1本製作する能力があった。スタッフの数も多かった。そうすると、岡田茂は、テレビに移行することを考え始めた。「風小僧」とか「白馬童子」といったテレビ時代劇である。その後に続く国民的時代劇になった「水戸黄門」しかりである。テレビで時代劇を楽しむ視聴者のほとんどは、映画館で東映時代劇を楽しんだ世代で、時代劇と言えば東映時代劇だと思ってしまう。本当は時代劇というのはもっと可能性の大きい幅広いものだと思う。その時代劇の芽を摘んだのは東映だったのかもしれない。
 東映時代劇に親しんだ年配の世代の人たちは、気楽に観られる娯楽映画としての、勧善懲悪の往年の東映時代劇スタイルを喜んだ。昔の映画を観ると、どこかホッとするのだろう。ただ、若い世代の人たちは、そんな時代劇では客を呼べないことに気がつく。時代劇はダサい、ということになってしまう。テレビの時代劇映画は、昔の東映時代劇の延長線上にあった。「水戸黄門」「遠山の金さん」にしても、その域を脱することはなかった。いわば、ワンパターンのドラマである。テレビサイズに合わせるわけである。テレビで時代劇を観る人にとっては安心して観られるが、金を払ってまで映画館で時代劇を観ようとは思わなくなってしまっていた。時代劇が金を払って観るコンテンツではなくなったのである。劇場映画としての時代劇を衰退させた、というのは東映の罪だと思っている。テレビで観られない映画を創る、岡田茂の言った〝不良性感度〟というのは、そういうところから発生したビジョンであっただろう。そして、任俠路線、実録路線映画などが誕生した。

 もっとも、その後『柳生一族の陰謀』という〝東映時代劇復活〟と言われた大型時代劇を大ヒットさせるが、そこから進化を見せることなく、大型時代劇4作目の『徳川一族の崩壊』は、客が入らなかった。だが、東映のある意味すごさ、底力というのは、時代の風を察知した路線変更のうまさであった。『鬼龍院花子の生涯』という映画もそんな中で製作された映画であり、大ヒットすると、宮尾登美子原作&五社英雄監督第2弾として『陽暉楼』、第3弾『櫂』が製作される。女優を主演に据えた五社監督作品『𠮷原炎上』も生まれた。東映流の女性映画路線である。86年には五社監督の『極道の妻(おんな)たち』シリーズの第1作が公開される。創立以来、一貫して〝男〟を描き続けてきた東映が、女性の時代という社会を意識した中から生まれた大ヒットシリーズとなった。
 時代劇がだめになると任俠映画、それがだめになると実録モノ、と常に時代の風を一早く読み取り生き延びてきた。経営者もそうだが、撮影所のスタッフもそうだった。岡田茂は、折に触れて、撮影所のスタッフに金を払って映画を観ろ、と言っていた。それは、映画館の観客の反応により、今という時代を肌で感じられるからだろう。岡田茂で思い出すのは、いつも「週刊大衆」を持ち歩いていた姿だ。三代目社長となる高岩淡は「週刊実話」を持ち歩いていた。映画の素材を不良性感度に求めたアイデアソースだったのだろう。

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映画は死なず

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