23.12.18 update

第8回 カールスモーキー石井と映画監督・石井竜也、そして旧ジャニーズ事務所への忖度の時代に関わって……

 それから石井竜也監督の第2作目への意欲は半端ないものになっていった。
 話を重ねながら次作映画の構想は「人魚」になった。
 遠い昔、人類(ホモ・サピエンス)は海から陸に上がった。今でも人間と人魚、その間で生きている何かがいるのではないか……彼らの生き方や恋愛とは……。
 また、壮大な話になった。
「アクエリアス(Aquariius)=ラテン語で水」と合体して「ホモ・アクエリアス」と名付け、タイトルは『ACRI』(1996公開)となった。
 今度の映画はクォリティ面でも、クォンティティ(観客数)でも『河童』を上回らなくては。原案=石井竜也。それに、お互いをリスペクトしている作家の吉本ばななさんが「ストーリーライン」を書いてくれることになった。僕は岩井俊二監督の『Love Letter』(1995 公開)を製作している時で、脚本を岩井俊二さんが、手掛けてくれることになった。
 原案=石井竜也、ストーリー=吉本ばなな、脚本=岩井俊二。理想的な布陣だ。
 4人でオーストラリアの孤島! へ行き、構想を練った。今考えると、贅沢な時間を過ごさせてもらった。『タスマニア物語』(1990)の経験もあり、オーストラリアのワーナースタジオ等の協力も得られ、ほぼ全編オーストラリア撮影になった。

 撮影監督の長谷川元吉さんら『河童』に参加してもらった数人の日本人スタッフ以外は、殆どオーストラリアのスタッフでやることになった。予算の立て方や、日々の撮影スタイル、ポストプロダクション(編集や仕上げ)もすべて現地でやることにした。ほぼハリウッドスタイルである。隣のスタジオ(部屋)には『ミッション・インポッシブル』(1996)のチームもいた。

 ここまでは、理想的な展開だったが、好事魔多し。

 一つは、シナリオだった。とても素晴らしい脚本を岩井さんが書いてくれて、印刷台本にした。ただ、「ダーウィンの進化論」など、やや科学的な箇所が多く、石井監督が描きたい「人魚の愛」的なところとは少し異なっているのかなとも感じていた。岩井さんが監督するなら問題ないな、とも。残念なことに、最後の3人の打ち合わせのあと、新たなシナリオを別の脚本家で書くことになった。のちに、岩井さんが書いたシナリオを原案に、自身が小説化し『ウォーレスの人魚』(1997/出版)のタイトルで出版もされた。

 この段階で頼れるのは『河童』を書いてくれた末谷真澄さんだ。速攻でお願いし、そこからは石井&末谷の脚本制作の日々となる。オーストラリアの撮影まで半年は切っていただろうか。撮影開始は1996年1月後半と決めていた。

 個人的には岩井俊二監督『スワロウテイル』(1996)と同時並行の製作で、此方は2月撮影スタートだった。

 もう一つの問題はキャスティングだ。

 僕は、初めてジャニーズ事務所のトップスターにオファーした。これは企画の段階から、監督の頭の中にあった。一方で、不思議な魅力があり、クォーターでもある浅野忠信さんも当初からイメージではあった。
 ただ、配給の東宝から、夏休み後半の邦画系でどうか? と有難いオファーもあり、ヒットを目指さねば、という思いも強かった。
 共演は、誰でも知っているハリウッドのスターにオファーした。これも契約を交す段階まで漕ぎつけた。ところが、撮影の1か月前、ある事情で国外に出られなくなった。この時はショックだったが、ジャニーズの俳優にも暗雲が立ち込めていた。

▲1996年8月31日公開の、石井竜也監督2作目となる映画『ACRI』。タイトル「アクリ」は、石井の曾祖母の名前から付けられたとも言われている。美術関係の仕事をしていた石井の曾祖父が戦時中に茨城に疎開して、海女だった曾祖母と出会った話と、人魚伝説の話が元になっているファンタジー映画で、前作よりさらにファンタジー色が濃い作品となっている。石井竜也のセンスが詰まった作品と言えるだろう。浅野忠信、江口洋介に加え前作に続き藤竜也が出演している。原案は石井竜也で、原作者として『LOVE LETTER』などの映画監督岩井俊二がクレジットされている。脚本は筆者とは『水の旅人 侍KIDS』、『河童』で組んだ末谷真澄が手がけている。オーストラリアで撮影され、写真は、シナリオハンティングでオーストラリアの島に行ったときのもので、左から2番目が石井。また、パンフレットには、「ACRIについて」と、作品の寄せる作家・吉本ばななのメッセージも紹介されている。

1 2 3 4 5

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.10
    背中トントン懐かしい ─萩原 朔美   

    第14回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.10
    練馬区立美術館「三島喜美代─未来への記憶」展 観賞...

    応募〆切:5月31日(金)

  • 2024.05.10
    <特集>帰ってきた日本文化の粋 ─ 今、時代劇が熱...

    文=米谷紳之介

  • 2024.05.09
    吉田修一原作×大森立嗣監督が『湖の女たち』で再びタ...

    5月17日(金)全国公開

  • 2024.05.09
    東宝映画『ゴジラ』のヒロインに抜擢され、その後俳優...

    東宝から俳優座へ。

  • 2024.05.09
    松田聖子、田原俊彦らアイドル全盛期の昭和56年、西...

    アイドル全盛期のスター

  • 2024.05.09
    92歳の大村崑、映画『お終活 再春!人生ラプソディ...

    5月31日(金)全国公開

  • 2024.05.02
    『ヒットマン』のザヴィエ・ジャン監督の最新作『FA...

    応募〆切:5月13日(月)

  • 2024.05.02
    〝私をカンヌに連れてって〟くれたエドワード・ヤン監...

    文=河井真也

  • 2024.05.02
    人々はどうやって映画を愉しんできたのか、鎌倉市川喜...

    4月13日[土)~7月7日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!