new 24.03.22 update

〝俳優座創立80周年記念スペシャルシリーズ〟現役俳優として2024年も2本の舞台に立つ、養成所第1期生 岩崎加根子 91歳

「俳優座」の名前に込められた、
近代俳優術の確立という志
文=杉山 弘
企画協力・写真&画像提供:劇団俳優座

 劇団俳優座は2024年2月に創立80周年を迎える。戦争と思想弾圧で傷ついた演劇の復興に大きな役割を果たし、数多くの俳優や劇作家、演出家を輩出した歴史ある老舗劇団の一つであり、重厚な社会派作品をはじめ、生活感あふれる軽妙な喜劇から前衛的な実験作まで、現代劇上演の先頭に立って演劇界を牽引するリーダー的な存在として戦後演劇史に輝かしい成果を残してきた。

▲俳優座演劇研究所付属俳優養成所の6期生の川口敦子は、「千田是也先生が俳優座養成所を作られた目的として、その当時新しいとされた近代演劇のリアリズムの芝居ができる教養豊かで、身体的訓練も出来上がった近代俳優を育てあげようというお考えをお持ちだったと思うんです」と言っている。また、4期生として入所した仲代達矢によると、養成所は三年制で、男女合わせて1クラス50名だったという。最初の1年間は、英語やフランス語、音楽鑑賞、演劇鑑賞といった時間に充てられ、演技を教えてもらったのは、2年目の後半からだったとも。その仲代は、75年に俳優を育成する無名塾を妻の宮崎恭子氏と主宰し、役所広司、益岡徹、若村麻由美、真木よう子、滝藤賢一らを輩出している。千田是也の意思は受け継がれている。写真は稽古場での千田是也。後方は、10期生の長谷川哲夫で、同期には中野誠也、西沢利明、砂塚秀夫らがいる。

◆受け継いだ築地小劇場のDNA◆

 日本演劇史の視点から見ると、江戸時代に大衆芸術として発展したものの、明治期になっても芝居と言えば「歌舞伎」を指していた。文明開化と共に西欧から流入した近代演劇の影響を受けた「新劇」が大きな花を咲かせるのは、1924(大正13)年に誕生した築地小劇場以降になる。築地小劇場では小山内薫や土方与志を中心に、戯曲を尊重し、調和を重視したアンサンブルの芝居の上演に主眼を置き、29年の解散までの6年間で84回計117本に及ぶ国内外の現代劇を上演している。この築地小劇場のDNAを色濃く受け継いだのが、戦時中に結成された俳優座だ。10人の創立メンバーのうち、青山杉作は築地小劇場で22本を演出し、研究生一期生だった千田是也は第1回公演『海戦』(24)から舞台に立ち、二期生の東山千栄子、岸輝子、村瀬幸子もメンバーに名を連ねている。千田は「俳優にとって納得のいく仕方で芝居を上演する機会を持ちたい」と近代俳優術の確立の必要性を説き、リアリズム演劇を基礎から作り直そうと志した。その思いがそのまま劇団名となり、劇団の方向性ともなった。

▲チェーホフ『桜の園』のラネーフスカヤ夫人と言えば、東山千栄子の当たり役として知られており、1963年の俳優座公演まで約310回も演じている。写真は右から東山、小沢(後に小澤)栄太郎、浜田寅彦、杉山徳子(後にとく子)。51年の公演で、ラネーフスカヤの娘アーニャを演じたのが岩崎加根子だった。そして、81年の東山千栄子追悼公演『桜の園』(千田是也演出)では、岩崎が東山から受け継ぎラネーフスカヤを演じた。アーニャとラネーフスカヤの両方を演じたのは、少なくとも日本では岩崎ただ一人ではないだろうか。さらに、96年の千田是也追悼公演(増見利清演出)、2015年の劇団俳優座70周年記念公演(川口啓史演出)でも、岩崎がラネーフスカヤを演じている。

 本格的な公演活動は終戦直後の1946年3月で、第1回公演ゴーゴリ『検察官』では青山が演出し、小沢栄太郎と東山が市長夫妻を演じている。眞船豊『中橋公館』(46)や『孤雁』(49)に東野英治郎が主演し、久保栄『火山灰地(第一部)』(48)、モリエール『女房学校』(50)、ストリンドベリ『令嬢ジュリー』『白鳥姫』(同)、チェーホフ『桜の園』(51)、シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』(52)などの創作劇、翻訳劇に、創立メンバーを中心に、信欣三、永井智雄、浜田寅彦、木村功、松本克平、中村美代子、大塚道子、東恵美子、初井言栄、岩崎加根子、関弘子らが舞台に立った。本公演のほか、地方公演、創作劇研究会、こども劇場を企画し、51年には15公演444回で観客数34万8557人の記録も残っている。

▲高校3年のとき、俳優座公演モリエールの『女房学校』の千田是也を観て感激し、新劇を志した仲代達矢は、約30倍の難関を突破して52年に4期生として養成所に入所し、55年にイプセン『幽霊』のオスワル役で、新劇新人賞を受賞している。起き抜けのような視点の定まらぬ瞳、抑揚のない低音、ヌーボー然とした風采から、仲間たちからは〝モヤ〟と呼ばれていた。57年には養成所2期生の先輩女優・宮崎恭子氏(隆巴の名で脚本家、演出家としても活躍する)と結婚し、後に夫婦で無名塾を主宰することになる。黒澤明、豊田四郎、小林正樹、市川崑らを始めとする映画界の巨匠・名匠と言われる監督たちの数多くの作品に出演し、さまざまな賞に輝いているが、俳優座のさまざまな作品に出演し、舞台俳優としても確かな印象を残している。64年の『ハムレット』『東海道四谷怪談』、70年の『オセロ』、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している74年の『リチャード三世』『友達』、毎日芸術賞と、芸術選奨文部大臣賞を受賞した『どん底』と『令嬢ジュリー』のジャン役、77年の『ジュリアス・シーザー』などなど、まさしく俳優座の顔と言える俳優である。典型的な二枚目俳優だが、温厚で誠実な役柄から、虚無感を漂わせる役、哀愁を帯びた役、冷徹で無慈悲な役柄と、さまざまな味わいを持ち合わせた芸域の広さが魅力である。俳優座退団後の舞台でも、文化庁芸術祭賞優秀賞受賞のイプセンの『ソルネス』、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した93年の『リチャード三世』、民藝の奈良岡朋子と共演し文化庁芸術祭賞大賞と読売演劇大賞選考委員特別賞受賞の『ドライビング・ミス・デイジー』、92年には日本シェイクスピア賞男優賞、芸術文化勲章シュヴァリエに輝き、2015年には文化勲章を受章。74年の劇団俳優座創立30周年記念公演の『リチャード三世』には、写真の岩崎加根子のほか、村瀬幸子、滝田裕介、近藤洋介、木村俊恵、山本圭、栗原小巻も出演している。

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