表紙で振り返る「コモレバ」の10年

大歌手・大女優の
オーラを放った
越路吹雪

第22号 越路吹雪
(2014年12月)
©Yuji Hayata/JDC

 宝塚歌劇団で男役として人気を博し、帝劇のミュージカル『モルガンお雪』に主演し、国産ミュージカル女優第一号と言われ、その後も『屋根の上のヴァイオリン弾き』『王様と私』などのミュージカルで活躍、映画では『足にさわった女』『プーサン』など市川崑監督作品で存在感を発揮した越路吹雪。いずれのフィールドでもけたはずれの魅力を発揮し、美空ひばりと並ぶ破格の大物ぶりで、昭和の芸能史にその名を遺している。「愛の讃歌」「サン・トワ・マミー」「ラストダンスは私に」などのシャンソンは越路の歌を通して、日本人に紹介された。越路はすべてのシャンソンを、「日本語でしか歌いたくない」と、フランス語でなく日本語で歌った。

 越路についての文章は、越路とも親交が深く、弊誌のステージコラム「in the limelight」の執筆でもおなじみで、日本のショウビジネスの生き字引とも言える安倍寧さんに執筆していただいた。安倍さんは「シャンソン独自のエスプリにあふれた旋律に日本語歌詞を載せるのが驚くほど巧みだった。天が授けた名人芸と言ってもいい」と評する。そして、日生劇場での一か月におよぶ伝説的なロングリサイタルは、当時チケットの入手が最も困難なライブステージで、イヴ・サンローランやニナ・リッチのオートクチュールを華麗に着こなした。「ドレスひとつとっても越路は日本女性の枠を遥かに超えていたのである」と言う安倍さんの胸深く越路の姿は今も刻まれている。

ノーブルで
品位がある
華族出身の女優

第23号 久我美子
(2015年3月)
©Yuji Hayata/JDC

早田雄二の久我美子ファイルの中から、今まで一度も見たことがない一枚を見つけたとき、心が震えた。ノーブルで、ちょっとインテリ的な冷たさ、お嬢様らしい気の強さが現れた表情。オードリー・ヘプバーンを思わせる写真で、絶対に表紙で紹介したいと思った。これまでいろんな雑誌などで早田雄二が撮った久我美子の写真が掲載されていたが、どうしてこの写真が今まで目に触れなかったのか、不思議な気がすると同時に「コモレバ」の表紙として紹介できることが嬉しかった。久我さんにも掲載許可を得るためお送りすると、掲載を快諾してくださった。早田自身も「非常に個性の強い、いい顔をしている。ノーブルで、やっぱり品位があるよね。オードリー・ヘプバーンのように息の長い人だね」と言っていた。

 久我さんとは忘れられない個人的な思い出がある。雑誌の編集に携わってまだ間もない頃、俳優森雅之の特集を組むことになり、久我さんにもインタビューの申し込みをした。受けていただけることになって、ご自宅へおじゃまさせていただくことになった。いきなりご自宅ですよ、びっくりです。クリスマスが近かったので、ポインセチアを手土産におじゃました。うかがうと、撮影のため新幹線で京都に向かうので、あまり時間がとれないということだった。ところが、久我さんは数多くの映画で共演した森雅之とのエピソードを惜しげもなく語ってくださり、結局、新幹線を1本遅らせることになった。若輩の一編集者に全力で向き合ってくださった感激は一生忘れることはできない。

 久我さんと言えば、日本映画史上不滅の語り草になっている映画『また逢う日まで』での岡田英次とのガラス越しの接吻シーンが思い出されるが、原稿を書いてくださった元・NHKアナウンサーの山川静夫さんは、「この接吻が間接だったことは当時の日本人の美意識に合致している」とし、「まさしく久我美子は〝日本人の美しいもの〟だったと思わずにはいられない」と評した。

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