23.12.27 update

72年の札幌オリンピック、映画『私をスキーに連れてって』のヒットでスキー・ブームに

スキー・ブームの立役者トニー・ザイラー


 戦争があって、スキー・ブームも中断したあと再び、スキーが脚光を浴びるのは、戦後の混乱が終って、ようやく世の中が落着きを見せた昭和三十年に入ってからだろう。
 戦後のスキー・ブームをよくあらわしている映画に、昭和三十二年(一九五七)に公開された『三十六人の乗客』がある。有島頼義原作、杉江敏男監督。
 三十六人を乗せた遠距離バスのなかに、一人、強盗殺人犯が乗り込んだ。それが誰かは分からない。若い刑事(小泉博)がバスに同乗し、乗客のなかにいる犯人を探る。
 サスペンス映画だが、面白いのは、このバスが、東京を夜に出発し、翌朝、草津のスキー場に着くスキー・バスになっていること、乗客の大半はスキー客。
 戦後の混乱期が終わり、昭和三十年代になって世の中が落着いてきている。戦前のような「スキー・マニア」がまた増えてきた。その結果、東京からスキー場へ向かう深夜バス、スキー・バスが運行されるようになった。当時のスキー人気を反映している。
 昭和三十四年(一九五九)には時ならぬスキー・ブームが起きた。立役者となったのはオーストリアのスキー選手、トニー・ザイラー。年輩の方は御記憶だろう。一九五六年の冬季オリンピックで史上初のアルペン三冠王に輝き一躍スターになった。
 甘いマスクだったため映画界に誘われ、ドイツ映画『黒い稲妻』(58年)に主演(「黒い稲妻」はいつも黒の服を着ていた彼の愛称)、日本でも大人気になった。
 昭和三十四年には、松竹映画『銀嶺の王者』で鰐淵晴子と共演するため来日。一大ブームを巻き起こした。私などの世代では、スキーと言えばトニー・ザイラーだった。
 いまウィンター・スポーツもスノー・ボード、カーリング、フィギュア・スケートと多様化した。スキーが雄とは言えなくなったかもしれない。

昭和35年、山形蔵王スキー場で開催された市民スキー講習会でトニー・ザイラーに遭遇した川越市民スキーの一行。ザイラーは昭和31年イタリアのコルチナ・ダンペッツオオリンピックで、アルペンスキー回転、大回転、滑降の金メダルを獲得し、史上初の三冠を達成した。このときの回転で2 位になったのが、国際オリンピック委員会(IOC)副会長も務めた猪谷千春で、日本人最初の冬季オリンピックメダリストとなった。ザイラーは昭和34 年に東京で開催されたドイツ映画祭と、『銀嶺の王者』出演のため来日し、約5ヶ月間滞在した。ザイラーが設計したスキー・コースは日本にもあり、岩手県の安比高原スキー場には「ザイラーゲレンデ」というゲレンデがある。平成21 年に脳腫瘍のため73 歳で死去。写真提供:川越市スキー連盟 撮影:関口敏夫氏

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5 冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を鉄道が走る』(交通図書賞)『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『東京抒情』『ひとり居の記』『物語の向こうに時代が見える』『「男はつらいよ」を旅する』『老いの荷風』『映画の中にある如く』『「それでもなお」の文学』『あの映画に、この鉄道』など多数の著書がある。

1 2 3

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.09
    92歳の大村崑、映画『お終活 再春!人生ラプソディ...

    試写会だより

  • 2024.05.09
    松田聖子、田原俊彦らアイドル全盛期の昭和56年、西...

    アイドル全盛期のスター

  • 2024.05.02
    『ヒットマン』のザヴィエ・ジャン監督の最新作『FA...

    応募〆切:5月13日(月)

  • 2024.05.02
    〝私をカンヌに連れてって〟くれたエドワード・ヤン監...

    文=河井真也

  • 2024.05.02
    人々はどうやって映画を愉しんできたのか、鎌倉市川喜...

    4月13日[土)~7月7日(日)

  • 2024.05.02
    山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまら...

    遠藤実のレコード会社を救ったヒット曲

  • 2024.05.01
    自分の街、がなくなった ─萩原 朔美   

    第13回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.01
    日本人デザイナーのパイオニアとして世界で活躍した髙...

    7月6日(土)~9月16日(月・祝)

  • 2024.04.30
    泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵 ─雅やかな...

    応募〆切:5月27日(月)

  • 2024.04.26
    92歳の現代美術作家・三島喜美代の東京での初の個展...

    5月19日(日)~7月7日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!